『名もなき歌』が見せる1988年のペルー
ペルーの女性監督、メリーナ・レオンの第一回長編『名もなき歌』を劇場で見た。白黒で映画が始まるとスタンダード画面になった。同じ中南米の映画で白黒でもあり、印象としてはアルフォンソ・キュアロン監督がネットフリックス製作で撮った『ROMA/ローマ』に近い。
『ROMA/ローマ』は1970年代のメキシコシティが舞台でこちらは1988年のペルーの首都リマとその郊外だが、当時のおぞましいような腐敗した政権や人種差別を蘇らせた点で似ている。どちらもスペイン語ではない言葉を話す少数民族の女性が重要な役割を果たす。
20歳の先住民の女性、ヘオルヒナは3つ上の夫と共に故郷を出てリマ郊外に住むが、生活は苦しい。ヘオルヒナは妊娠しており、出産が近づいて苦しかった時に、ラジオで無料で出産できる財団があると聞いてリマへ出かけてゆく。ようやくたどり着いて赤ちゃんが生まれたが、見ることはできず、明日来いと強制的に追い出された。
翌日夫と出かけると、そこは病院でなくなっており、扉は開かない。警察や裁判所に訴えても選挙人番号を持たない夫婦は全く相手にされない。新聞社に駆け込んでも追い出されそうになるが、大声で自分の苦しみを訴えると、興味を持つジャーナリストのペドロが近づいてきた。
白人と先住民のハーフでもあるペドロは、この事件を追い始める。ラジオ局も税関も検事も政治家もその事実を知りながら情報を与えないが、次第に子供を国外に養子縁組をして売り払う団体の存在が明らかになった。しかし記事を書いたペドロは、命の危険にさらされる。
ときおり、印象的なシーンがある。ペドロがカメラマンと共に謎の産院を探していると、ある女が後ろから近づいてきて、バーに誘う。そこに行くとチェロを弾く女がいる。バーの女から「舟着き場に来て」とのメモを受け取って行くと、舟の上で女は産院の情報をそっと伝える。バーの雰囲気や舟から見る水辺の光景の美しさといったら。
あるいはペドロが同じアパートに住む演劇をする友人の男を訪ねてゆくと、彼は料理中で味見をさせてくれる。酒を飲んで友人はダンスに誘うが、いつの間にか二人は抱き合っている。ペドロが身の危険を感じてリマを去る時にその友人と交わす言葉のせつないこと。そしてラストにヘオルヒナが澄んだ声で歌う子守り歌の力強さ。四方を少しぼかしたスタンダード画面が、どこか幻想的でしかしリアルな光景を写し出す。
考えてみたら、私はこの映画の設定の翌年、1989年にリマに出張で行った。サンパウロ・ビエンナーレの後にいくつかの南米の国を回ったのだ。繁華街から少し歩くと、これまでに見たなかで最も貧しい貧民街があった。町中に機関銃を持った兵隊がいた。私は白人が館長をする美術館や博物館を訪問し、日本大使館の招待で高級フランス料理店で夕食をした。帰りの夜店でカシミアのセーターを数百円で買った。何とも後ろめたい罪悪感を感じた記憶がある。
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