井上荒野著『その話は今日はやめておきましょう』の妙な味わい
井上荒野という同世代の小説家の小説は読んだことがなかった。「戦後文学」の旗手の一人、井上光晴の娘だが、エッセーは何度か読んでいてかなりおもしろかった記憶がある。ある時自宅近所の名書店「かもめブックス」をのぞいたら、入口のあたりに彼女の『その話は今日はやめておきましょう』がおいてあって、題名が気に入った。
表紙は中年夫婦が自転車を止めて遠くを見つめているイラストで、どうも別れる話をしている感じ。その上に「その話は/今日は/やめて/おきましょう」と行変えで来るとなかなかいい。
さて小説は、妙な味わいがあった。「昌平は72歳でゆり子は69歳だった。娘と息子が順番に家を出て行って、夫婦ふたりきりの暮らしになってからもう16年になる」。イラストだと私の世代かと思ったが一回り上。ある時、昌平は2台のクロスバイクを誕生日プレゼントとして差し出した。2人は少しずつ慣れていくが、ある日夫は骨折事故にあう。
そこで謎の青年、一樹と知り合い、彼を病院などに連れて行ってもらう運転手として週1、2回雇う。この26歳の男が実はとんでもない悪者だったというもの。私は最初、一樹がゆり子を誘惑するのではないかと期待した。彼はゆり子の銀のブレスレッドを盗んで売り払うが、誘惑の方向には行かなかった。
さらにパールの宝石を盗んで売り、ゆり子から5万円を借りることに成功する。そして悪友の辰夫にそそのかされて、50万円を借りようとする。それが無理だとわかると辰夫が介入してオレオレ詐欺風の電話をする。
さてこの老夫婦は身ぐるみ剝がれるかと期待するが、その方向にも行かない。彼らは要求を拒否し、一樹と辰夫はさらりと諦める。夫婦はこれらのことを警察はおろか子供にも言わず、何事も起こらなかったことにする。一樹はその間、2人の女に二またをかけながら、毎日を気楽に楽しく生きてゆく。
「その話は今日はやめておきましょう」というセリフはたぶん最後まで出てこない。小説全体が、このセリフのようなものかもしれない。あえて言わないことの集積が、この小説の大いなる闇となり魅力となっている。
骨折事故からしばらくたって、昌平はゆり子の体を求める。「「ちょっとおじゃましますよ」とゆり子のベッドに入ってみた。ゆり子は「あらあら」と驚いた様子だったが、もちろん拒絶したりはしなかった。だが――そのあとは、あまり首尾良くいかなかった。いや「あまり」は自分に甘すぎだろう。「まったく」だ」「昌平があきらめて自分のベッドに戻ったとき、やさしく「もう無理することはないわよ」と呟いたのだ。/「まだ無理することはないわよ」ならわかる」
人と人とのこの微妙な距離感が「その話は今日はやめておきましょう」ということだろう。
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