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2021年8月14日 (土)

『日本映画作品大事典』について:その(2)

『日本映画作品大事典』をめぐるトークについてもう一度書きたい。三省堂の瀧本氏はこの本は3000部刷ったと言っていた。定価を4万円として1億2千万円のビジネスだ。これだと22年かかっても、原稿料をきちんと払っても、全部売れたら少しは版元に利潤が出るだろう。

瀧本氏はさらに、布クロス張りの表紙に箔押し、筒函入りという作りからしても「再版はありません」と明言した。この本のデザインをした鈴木一誌氏は「今の時代を考えると紙で作られる最後の映画事典ではないか」。そもそも最近は映画の本は売れない。4万円を超す紙の分厚い映画事典を欲しい世代はどんどん減るだろうし、そういう体力のある出版社もなくなるだろう。

鈴木氏は「徹底的に孤独な本を作った」とも言った。重すぎて、回し読みも貸し借りもできない。「DVDを夜中に一人で見ながら、事典を読んで考える人を思い浮かべる」とも。そんな人間はどんどん減ってゆくだろうし。

記述は編集の段階でできるだけ主観性を除いた。それでも「誰かが映画を見て書いた」という運動性は残っている。映画という生き物を文章でとらえようとした身体性は残っている。鈴木氏はそんなことを言った。山根氏は「開かれた孤独な本です」

準備が始まった2000年は、出版・印刷のデジタル化の過度期だった。「2000年にパソコンで事典を作ることに怖さはあった」と鈴木さん。クォーク社の「クォーク・エクスプレス」を使うか、アドビ社の「イン・デザイン」を使うか悩んだが、「イン・デザイン」を選んで正解だった。

文字は「フォント・ワークス」から選んだ。この2つの選択は、実は仲のよかったデザイナーの戸田ツトム氏が勧めたもので、「この事典の影には戸田ツトムがいる」。「イン・デザイン」は文字詰めなどが半自動設定できるので便利だという。ソフトの進化で、最終的には文字組も印刷も三省堂の子会社でできた。

会場では文字組の見本が配られた。2001年、2009年、2014年、最終形の4種類。すべて三段組で最初の2つは一段の行数が58行。あとも2つは61行。「柱」と呼ばれるページごとの見出しはページの下から上に移動し、最終形はすっきりした形になった。

鈴木一誌さんは「フラットなブックデザインになったが、それは沢井信一郎監督の映画の「どなるな、顔で演技するな」という教えがどこかにあった」。最初は映画作品事典だから写真も入れる予定だったが、すべてナシにした。写真を使うと経費が増すし、いい写真は多くない。「読んでくれればわかる。ビジュアルの必要はない」

この事典の全体像には、鈴木さんのデザイン思想や映画への考え方が大きく反映されている。見方次第では、監修の山根さん以上に。その意味で三省堂の発案者がまず鈴木さんに相談に行ったのは正しかった。

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