『由宇子の天秤』の執念
9月17日公開の春本雄二郎監督『由宇子の天秤』を試写で見た。この監督はデビュー作『かぞくへ』が話題になったが見ていない。今回の2作目はベルリンや釜山の国際映画祭で賞を取っており、見たいと思った。
冒頭、河原敷で川瀬陽太が何やら指示を出している。遠くで列車が通る。笛の音が聞こえ、その先には吹く男がいて、瀧内公美がその男に質問をしている。この場面の映像と音の並々ならぬ繊細さと大胆さに見入ってしまった。そのまま153分、最後までその緊張感が続く渾身の力作だった。
瀧内公美が演じるのはフリーのドキュメンタリー監督、木下由宇子。川瀬陽太演じるプロデューサーの富山と組んで、とある地方の女子高生自殺事件を追うドキュメンタリーをテレビ番組用に撮っている。しかし、テレビ局では彼女の懸命のリサーチの結果はなかなか評価されない。
一方、由宇子は撮影や編集の後で父(光石研)が経営する塾を手伝っており、むしろ生徒には彼女の方が人気がある。とりわけカンニングをした萌には頼られていた。2つの仕事に疲れ果てた由宇子に襲い掛かったのは、何と父が関わる闇の事件だった。由宇子はそのことに大いに悩みながらも取材を続けるが、新たな事実が出てきて追加撮影がテレビ局から許可される。
途中から詰め込み過ぎというか、由宇子にあまりに重荷がかかっているような気がし始めた。映画制作も私生活も彼女がたった一人で解決する必要があるかのように。ところが途中から彼女自身の計算高さもぽろりと出て、出てくる人物の多くが何らかの意味で嘘をついていることがわかってくる。映画は真実と嘘の間を揺らぎながら、終盤に向けて人間そのものの危うさを見せてゆく。
総てを引き受けて耐える由宇子を演じる瀧内公美が抜群にいい。チラシにも使われているが、彼女が片手にカメラを抱えて正面を睨む姿が見終わっても忘れられない。そして脇役の川瀬陽太や光石研を初めてとして、出てくるすべての俳優たちが恐ろしいほどのリアリティで役を演じていて、どこにも破綻がない。
彼ら登場人物が地方都市やテレビ局や学習塾や由宇子の自宅に立つ姿は、それぞれの思いがこもっていて神々しささえ感じられる。画面すべてに監督の執念が感じられるこの作品は、今年後半の大きな話題作になるのでは。大型新人監督の登場である。
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