『日本映画作品大事典』について:その(3)
この事典をめぐる当事者によるトークがあったのは8月8日だからだいぶたつが、もう一つだけ書き忘れたことがあった。それは映画の題名がいいかげんであることだった。例えば小津安二郎の『生まれては見たけれど』(1932年)として知られる作品は、『大人の見る絵本 生まれてはみたけれど』が正式だという。
確かに映画の最初にはそのようにクレジットが出てくる。しかし「大人の見る絵本」の文字が上にはあるが、小さい。いわば副題か、キャッチコピーのようなものだ。本もそういうことが多いが、本は出版する前にISBNなどを登録するので、その時に題名の確定が必要だ。
ISBNは国際的な規格コードで出版物の「登録」は義務付けられているが、映画には「登録」する決まりも組織もないので、宣伝の仕方、クレジットタイトルやポスターのデザインでわからなくなるのか。映倫の申請には題名は必要だろうが、これは業界内のものでしかない。
川島雄三監督の『洲崎パラダイス』として知られる1956年の映画は、「公開当時は『赤信号』と呼んでいた」と言ったのは、事典の編者の山根貞男さん。そこで写し出された画面クレジットを見ると、大きく真ん中に「赤信号」と書かれ、「洲崎パラダイス」は画面の上に小さく書かれている。
調べるとポスターもそうだ。公開当時はポスターが印象に残る。しかに後になって映画を見た人には、中身が重要だ。あの映画の感じは明らかに「洲崎パラダイス」の方がよくピッタリくる。何度も「洲崎パラダイス」という看板が写るし。この場合は芝木好子の原作が『洲崎パラダイス』というのも大きいかもしれない。
最近だと阪本順治監督の『新・仁義なき戦い。』という2000年の映画がある。これはもちろん1973年に始まる『仁義なき戦い』シリーズがあり、また『新仁義なき戦い』シリーズもあるから、ナカグロ(・)やマル(。)を入れたのだろう。山根さんは、「マルがあるのを阪本監督は知らなかった」と言っていた。
自分も昔、マルを使ったことがある。フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)で1996年に企画したジャン・ルノワールの全作品上映は「ジャン・ルノワール、映画のすべて。」という題名だった。このマルは誰も覚えていないだろうが、今思うと若気の至りだった。
話がずれたが、例えば片岡千恵蔵がほんの少ししか出ていない映画で、事典に彼の名前を入れるべきかどうかにも悩んだという。ポスターには一番大きく写真と名前が出ているが。映画は長年に渡ってその場限りのものと思って作られてきたから、「事典」のような厳しいフォーマットにはどうしても向いていない。
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