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2021年8月30日 (月)

「日本映画における女性パイオニア」プロジェクト特別上映会に参加して:その(1)

所属する学会から案内が来たので予約して行ってみたのが、国立映画アーカイブで日曜に開かれた「日本映画における女性パイオニア」プロジェクト特別上映会。中編3本と長編1本を11:30から18:00まで上映し、専門家のトークが付いた。

このプロジェクトは文科省の科学研究費を得ていると書かれているので、一般に向けた発表が必要なのだろう。「日本映画における女性パイオニア」と言えば、私は女優から監督になった田中絹代くらいしか知らない。ところがこの日の上映会は2人の女優が監督した映画で、望月優子の中編3本と、左幸子の長編1本、全く見たことがなかった。

研究代表は京都大学の木下千花さんで、ほかに登壇するのは明治学院大学の斉藤綾子さんと映画史家の鷲谷花さん。いずれも今、映画のフェミニズムやジェンダー研究の代表格で、田中絹代しか知らない私などがのこのこ出かけると怒られそうな気がした。

そもそも、私は会社員時代は酔ってからのセクハラ行動、発言は数限りない。いや、新聞社の頃は酔わなくても仕事の上でセクハラ発言が時おりあったはず。まあ新聞社やテレビ局は2010年頃までは、全体的にそんな感じだったけれど。

だからフェミニズムやジェンダーの研究者は、私は本能的にどこか恐れている。あの鋭い3人にそのお仲間やお弟子さんが集まると、いじめられるかもしれない、そんな気さえして、恐る恐る会場に近づいた。席を半分にしているが、キャンセル待ちが多いというからなおさら私が行っていいものかと心配だった。

実際に行くとすぐ映画は始まるし、途中休憩はトイレや食事に行けばあまり話すこともない。そんなわけで映画を4本見たが、どれもおもしろかった。望月優子はいわゆる「母もの」映画で有名な女優だ。同じタイプの三益愛子よりもっと田舎風の感じというか。そんな女優が教育映画や組合の宣伝映画を作っていたとはびっくり。

彼女が最初に作ったのが東映教育映画部製作『海を渡る友情』(1960)で49分。教育映画は映画館では上映されていなかったというから、学校や公共ホールなどで見せていたのだろう。基本的には北朝鮮への帰国事業を促す映画だが、有名な『キューポラのある街』より2年早い。

小学生のゆきおは在日コリアンの同級生李君をいじめるのが好きだった。李君は朝鮮学校に転校する。ところがある日ゆきおは、中華料理店を営む父親(加藤嘉)から「お父さんは朝鮮人だよ」と告げられる。ゆきおはショックで家出をして学校を休む。朝鮮に帰りたいと言う父に日本人の母(水戸光子)は最初は反対するが、しばらくしてゆきおは朝鮮学校に移り、母も同意して3人で朝鮮へ旅立つ。

『キューポラの街』で帰国事業に旅立つのは川口駅だが、こちらは品川駅で規模が大きい。ゆきおが駅に行く前に、朝鮮学校ではなく元いた日本の小学校に行って鉄棒にぶら下がるシーンなど、子供の描写が細かい。鷲谷花さんは、あえて大筋と関係のない子供の自然な動きを入れている点を評価していた。

最初の方に、日本人として暮らしている父親に在日の友人(西村晃)が帰国を勧める場面がある。加藤嘉は「本当に北は地上の楽園なのか、差別はないのか」と聞くと、西村晃は「あるはずがない。そうみんな言っている」。何となくあやふやな感じは当時もあったのだろう。その後の北朝鮮を考えると、本当に罪深い映画ではあるが。

そういえば、加藤嘉が見に行った映画で、朝鮮に日本からの船が着いて歓迎されている様子が写る。朝鮮総連の宣伝映画を使ったものだろうが、それを見ても北朝鮮はさほど豊かには見えなかった。そして着いた先の家などは見せていない。

この映画には望月優子は出てこない。彼女がお母さんになってもよかったのだろうが、あくまで裏方で女性や子供の心情をしっかり見せている。

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