還暦になって:その(7)
先日、私より一回り近く若い女性から「還暦になった、と思うことはありますか」と聞かれた。これまで成人を迎えようが40歳になろうが、そんなことは一度もなかったが、今回は確実に「ある」気がする。これまでは、外から見ると年をとって見えるが、中は一緒、という気分だった。
それが還暦になってからは、内側から見た自分も変わったような気がするから、あら不思議である。具体的にどんなことだろうか。一番は「人生は限りがある」という当たり前のことが実感として感じられるようになった。
何歳まで生きるか誰もわからないが、交通事故などの突発事故を除いても60歳を過ぎると突然亡くなる人がいる。映画関係だと吉武美知子さんや寺尾次郎さんがそうだし、大学の同僚にもいた。最近だと評論家の坪内祐三さんが61歳で亡くなった。私の父親もだいぶ前、私が働き始めた頃に63歳である朝突然逝った。
その父と同様、私は大酒飲みである。そのうえ、高校生の時に肝炎にかかったこともある。なぜか今は肝機能は安定し、あらゆる数値で心配なのは高血圧くらいだけれど、やはり40年酒を続けているので危ないと思う。もちろん止めた方が長生きするとは思うが、それは医者から禁じられるまではしない。人生の大きな楽しみを失うから。
もう一つはいわゆる「長生き」したとしても、あと50年生きることはない、ということ。普通ならば15年から30年くらいだろう。そしてあと5年で大学の教員も定年になる。だから完全に「先」は見えている。これからはやり残したことをやらなければならない。
問題は「やり残したこと」がよくわからないことだが、とりあえずは何冊か本を書こうと思う。昨年5月に『美術展の不都合な真実』を出したのは、たまたまこの問題に関心があった新潮社の編集者から頼まれたからだが、結果として書いてよかった。自分が20代半ばから20年以上携わってきた美術展について、これまでの思いを詰め込むことができたから。
私は所詮イベント屋で理論的な著作を書くことはできないから、せめて自分が経験したことを伝えることは重要だとその本を書いて実感した。なぜか売れ行きがよくて3刷となり、あろうことか最近、台湾で中国語版まで出た。今は映画の本を書いているが、基本的にはこれまでの経験を文字にする作業だと思っている。
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