ソクーロフについて人前で話す
大学では毎日何十人も前に講義のようなものをしているけれど、人前で話すのは実は得意ではなかった。昔から宴会で数名を相手にウケる話をするのは自信があったが、マイクを持つとだめだった。会社員の頃、送別会などでの挨拶はいつもヘタだった。
どうも私のネタは内輪ウケばかりで、ダークなものが多い。挨拶のうまい人は、巧みに自分を落としながらみんなが明るく笑えるネタを話すことに気がついたのは、会社員も終わりの頃か。
大学に移っても、授業で強すぎる冗談を言って失敗したことが何度もある。「これがわからない人はほかの学科に行った方がいい」などとは言ってはいけないのだ。こういうのはパワハラかアカハラかわからないが、真面目に受け止める学生がいるから。
というわけで最近は授業ではあまり冗談を言わなくなった。少なくとも講義形式で相手の反応がわかりにくい場合は、ひたすら真面目に話し、学生の意見をこちらから聞く。この方が全体としてはうまく行くことに気がついた。
また前置きが長くなったが、先日、アレクサンドル・ソクーロフ監督について映画館で話す機会があった。私は有名ではないので、大学以外の映画館などで話すのは年に2、3回しかない。映画に関することならできるだけ引き受けることにしている。そのために改めて映画を見たり本を読んだりするのは勉強になるから。
ソクーロフの『モスクワ・エレジー』の後に舞台に出て、唖然とした。みんなマスクをして顔が見えないのだ。客席が暗めだったこともあって、100名ほどの観客が若いのかどうかもわからなかった。これには困った。客層によって話を変えようと思っていたから。
もし観客が若ければ、ペレストロイカについてきちんと説明しようと思っていた。この映画が作られた1987年はソクーロフにとってどういう年だったのか。グラスノスチとは何か。もし大半がソクーロフをずっと見てきた年配ならばその必要はない。彼が1992年7月に来日した時のエピソードを中心にするつもりだった。
会場を何度も見たが、どうも両方いそうだ。結局どっちつかずの話をすることに。さらに表情が見えないのでウケたのかどうかもわからなかった。こうなると話がしにくい。マスクをしていると「クスッ」という笑いが出ないのだ。この「クスッ」が2、3回出たら、全体がいい感じになっていくのに。
結局、何だかわからないままに20分強が終わった。配給会社の方にお礼は言われたが、特に「よかった」とは言われなかったので、たぶん今一つだったのかなと思いながら引き上げた。
それでも大学で12年も教えていると、20分くらい何でもない。何となく言葉が出てきて時間がたつ。送別会の挨拶も前よりうまくなった。これが教師というものかもしれない。
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