『乳房よ永遠なれ』に驚く
今年はカンヌで田中絹代が監督した『月は上りぬ』(1955)の4K復元版が上映されたし、先日ここに書いたように最後の監督作品『お吟さま』(1962)も復元された。初めのクレジットに国際交流基金も入っているので海外で上映されるかと思ったが、ネットで調べたらこの10月のフランス、リヨン市の「リュミエール映画祭」で監督作6本すべてが上映されることがわかった。
そんなわけで監督第三作『乳房よ永遠なれ』(1955)の復元版の内覧試写に出かけた。アマゾンプライムで配信もしているが実は見たことがなかった。題名が強烈で引いたのかもしれないが、これは原作となったルポルタージュの題名だった。
その題名にも増して、今回の映画はその内容というか、展開に驚いた。徹底的に自分勝手に生きる女の物語だったから。これまでの監督作『恋文』や『月は上りぬ』は木下恵介や小津安二郎が脚本に参加していたこともあって、女性の視点はあっても目立たなかった。
本作は1954年に乳がんで亡くなった歌人の中城ふみ子に関心を持った田中絹代が企画したもので、若槻彰の同名のルポルタージュをもとに、田中澄江が脚本を書いている。つまり、監督がやりたいと思った女性歌人の話を女性の脚本家を起用して作ったということになる。
ふみ子を演じるのは月丘夢路で、これが抜群によかった。最初は夫に不満で子供2人を育てながらその生活を短歌に詠む主婦だが、夫と別れたあたりからどんどん自由になる。弟の結婚式に出なかったり、短歌仲間で学生時代からの友人きぬ子(杉葉子)の夫(森雅之)に好きだと言ってみたり、その夫が亡くなるときぬ子にそのことを話したり。離婚して元夫が育てている息子を勝手に連れてくることも。
ふみ子が乳がんで入院してからは、東京から新聞記者の大月がやってきてもその記事が気に入らないと面会を拒否したり、会っても嫌味ばかり言ったり。それでも大月が足繫く通うと好きになり、帰京するはずの大月に手紙を託して止めさせるし、勝手に外出してきぬ子の家に行くし、最後はやって来た大月に自分から「抱いてください」と言うし。
そんな彼女を取り巻く女たちも見ていて気持ちいい。杉葉子演じるきぬ子との友情はこの映画で見ていて一番ほっとするし、母親役の川崎弘子も安定感があり、隣の奥さんだが重要な役割を何度も果たす田中絹代本人も控えめでいい。あるいは病院の隣のベッドにいる飯田蝶子の笑顔も忘れがたい。
それに比べると大月を演じる新人の葉山良一を始めとして男たちは存在感が薄い。森雅之は何を考えているかわからないままに死んでしまうし。そんななかでふみ子の弟役の大阪志郎だけが、きちんと寄り添っている。ずいぶん女性的に描かれてはいるが。
そんな自分中心のふみ子のはずだが、後半病気が重くなるとどんどん可愛らしくなる演出がいい。きぬ子の家でお風呂に入って、手術後の胸を窓からがばっときぬ子に見せる。終盤で亡くなるシーンで子供たちがやってくる時には泣いてしまった。
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