森村泰昌が見せる日本近代史
台湾語映画を見るために国立映画アーカイブに金、土、日と通って一番の問題だったは、2回の上映の間の時間をどう潰すかだった。なぜこうなったのか、上映は12時からと16時からで1本目が終わってから2本目まで2時間以上あった。昼ご飯をいつ食べるかも難しいし。
3日のうち、1日はスポーツクラブに行った。1度はパソコンを持って行って、ドトールで仕事をしたが、途中で冷房で寒くなって困った。もう1度は近くのアーティゾン美術館で「M式「海の幸」森村泰昌 ワタシガタリの神話」展を見た。
この美術館は、所蔵する膨大な作品と現代作家の新作を組み合わせる「ジャム・セッション」というシリーズを時々やっていて、これがいつもおもしろい。今回はもともと有名な西洋絵画に似せた写真作品を自らが登場して作る森村泰昌なので期待していたが、それ以上の出来だった。
森村はこの美術館の目玉の一つ、青木繫の《海の幸》(1904)に注目して、青木の海をめぐる作品数点を展示した後に、森村流の《海の幸》をめぐる作品を10点並べる。最初は《海の幸》と同じく、10人ほどが大きな魚をかついで銛を肩にかけて得意げに歩く様子をすべて森村が演じている。
それから明治の男女の貴族たち、大正時代のモガたち、戦後の東京オリンピックの入場式の男女(《復活の日》と銘打たれている)、学生運動の若者たち、原宿のコギャルたちなどなど。私は数点をスマホで写真に撮ったが、今思うと全部撮ればよかった。明治以降、日本人が大勢で得意げに歩く風景は、どれも滑稽で物悲しくさえある。
それから《ワタシガタリの神話》という18分のビデオ作品が、暗い部屋で大きなスクリーンに映されている。森村は青木繫の残された写真そっくりの格好をして、何も描かれていないキャンバスの前で青木に話しかける。「青木さん、あんたが28歳で亡くなられた時、実は非難の声が多かったんや。普通は亡くなった人はみんな褒めるもんやけどな」という具合にすべて大阪弁。
この語りがストレートに人生の機微に触れていて、妙にすがすがしい。結局青木繫の生きた明治時代から、日本人の生き方も価値観も死生観もあまり変わっていないのかという気分になってしまう。とりわけ《海の幸》をめぐる森村流の10点のバリエーションを見た後だと、ストンと落ちる。
この壮大な展示の後に所蔵の印象派作品を大量に見たが、セザンヌやモネの傑作を見ても心ここにあらずだった。銀座あたりに行く人はぜひ見て欲しい。来年1月10日まで。学生は無料。
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