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2021年10月17日 (日)

横光利一の『上海』を読む

自分が教えている大学で、いらなくなった図書館の本を「自由にお取りください」と並べていることがある。普通は1年たった雑誌などが多いが、先日は岩波文庫が大量に出ていた。所沢にもあった校舎を都内1カ所にまとめたので、利用者の少ない2冊ある本を処分するのかもしれない。

手に取ってみると、岩波文庫はどれもまっさらで触った感触がゼロ。確かに今どき岩波文庫を学生は借りないだろう。本当に読みたい真面目な学生は買うだろうし。そこでぱっと手にしたのは、なぜか横光利一の『上海』と『旅愁』(上・下)。

横光利一は川端康成と並んでいわゆる「新感覚派」と呼ばれたが、実は何も読んだことはなかった。衣笠貞之助の映画『狂った一頁』でも彼の名前はクレジットされているし、戦前や戦時中の上海を描いた映画は多いので特に『上海』は長らく読みたいと思っていた。

私は本を読むのは早い。村上春樹のように読みやすいと上下巻でも2、3日で十分。ところが『上海』はなぜか進まなかったので読むのに2週間はかかった。なぜ進まなかったのかは、たぶん日本人から見た上海の描写だけが続いて、登場人物のドラマが少ないからだろうか。

この本は雑誌に何回かに分けて発表したものを1932年に単行本とし、3年後に全面的に手を入れて再版したもの。1925年、「五・三〇事件」が起きた上海に住む日本人たちを描くが、その事件よりも日本人たちの退屈な日常が描かれる。

主人公の参木は上海の邦銀に勤めていたが、上司とうまくいかずに辞める。友人の甲谷は商社勤めでシンガポールで木材の買い付けに失敗し、嫁探しと言いながら上海を走り回っている。参木は甲谷の妹の競子を好きだったが、彼女は別の男と結婚した。もう1人の友人、山口は路上の死体から骸骨標本を作って外国に売りさばいていた。

彼らは毎晩夜の街に繰り出し、娼婦たちと遊ぶ。日本人のお柳やお杉や宮子もいるが、白系ロシア人のオルガや中国人で共産党シンパの芳秋欄なども含めてくっついたり離れたりが繰り返される。ほかの中国人や外国人も点描されるが、ドラマには加わらないし、「五・三〇事件」もなにやらストをしたり暴動を起こしたりが外側から描かれるだけ。

結局上海にいて、日本人同士か日本人に関心のある外国人だけと会って言いたい放題で飲み食いする様子が描写される。よく考えたら、ベネチア国際映画祭の自分も一緒だということに気がついた。女を買わないのだけが違いで、いつも日本人同士でうまいイタリア料理ばかり食べている。

「襲撃された邦人の噂が日々市中を流れてきた。邦人の貨物が略奪させると、焼き捨てられた。支那商人が先を争って安全な共同租界へ逃げ込んだ。租界の旅館が満員を続けて溢れてくると、それに従って租界の地価と家賃が急騰した。親日派の支那人は檻に入れられ、獣のように市中を引きずり回された。何者とも知れぬ生首が所々の電柱にひっかけられると、鼻から先に腐っていった」

こんな描写が続くが、あくまでよそ事のようだ。それでもパリを描いたという『旅愁』は読んでみたい。

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