東京国際映画祭はどう変わったのか:その(6)
映画祭が銀座に来て、少なくともプレスや業界(P&I)にとってはずいぶん見やすい会場となった。銀座シネスイッチは六本木TOHOシネマズのP&I上映よりも席数に余裕があるので並ぶ必要がなく、読売ホールはEXシアターよりもスクリーンが大きくP&I用の席もずっと見やすい。
コンペの日本映画では野原位監督の『三度目の、正直』がなかなかの出来。濱口竜介監督『ハッピーアワー』や黒沢清監督『スパイの妻』の共同脚本家の第一回長編だが、『ハッピーアワー』に似た男女の感情のもつれあいを巧みに見せた。
バツイチの月島春(『ハッピーアワー』出演の川村りら)は同じバツイチのパートナーの宗一郎とその連れ子・蘭と暮らしている。蘭がカナダに留学して寂しくなった春は、里親として子供を引き取ろうとするが、宗一郎に拒否されるうえ、不倫を告白される。家を出た春は記憶喪失の少年と出会い、育てようとする。
ストーリーの進みゆきが抜群におもしろい。春だけでなく、春の弟・毅とその妻の美香子の夫婦関係もおもしろいし、予想外の展開も待ち受ける。濱口竜介監督の映画における魔術にかかったような人物たちの動きはないが、淡々とした普通に見える人々が実は深い闇をかけていて、とんでもない行動をする。4点。
松居大悟監督の『ちょっと思い出しただけ』は、足を怪我してダンサーの道を諦めて照明技師になった照生とクールな女性タクシー運転手の葉を描く。彼らはかつて一緒に暮らす恋人で、7月26日は照生の誕生日だった。映画は1年前、さらに1年前とどんどん遡ってゆく。
私は『花束みたいな恋をした』を思い出した。30前後の元恋人の男女がかつての幸せだった日々を思い出すという構造。どうでもいいことが楽しかったその細部をノスタルジックにユーモアを交えて描く。ここには2人の気持ちだけがあって、「社会」も「人生」もない。東京国際映画祭で世界の厳しい状況を描く映画を毎日見ていたこともあり、これでいいのかとも思った。2.5点。
コソボの女性監督カルトリナ・クラスニチの第一回長編『ヴェラは海の夢を見る』は、判事の夫が自殺したことでとんでもない目にあうヴェラの不幸を描く。夫は実はギャンブルが趣味で借金のかたに家を抵当に入れていた。ヴェラはギャンブルの映像を見せられても戦い続ける。ある種の不条理劇のようで、それなりに見応えがあった。3点。
スリランカのアソカ・ハンダガマ監督の『その日の夜明け』とチベット出身のジグメ・ティンレー監督の『一人と四人』は見ていて辛かった。『その日の夜明け』はチリの詩人パブロ・ネルーダが若い頃に英領セイロンにいた頃を描く。あちこちで女を自分のものにすることだけが生きがいのネルーダは見ていて不快になった。ポストコロニアルな感覚かもしれないが、最後の「現代」のショットも含めて私には理解できなかった。1点。
『一人と四人』は山小屋で暮らす森林管理人とそこに現れる3人の男たちとの格闘を描く。全体が謎めいていているが、強調したアクションシーンなどがジャンル映画のようでもある。監督は秀作『羊飼いと風船』のペマ・ツェテン監督の息子というが、若い監督がいろいろやってみたという感じ。2点。
今回のコンペは総体としてはレベルアップしたが、やはりいくつかの映画はハズレがある。まあこれはカンヌやベネチアでもそうだけど。
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