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2021年11月21日 (日)

『愛のまなざしを』に震える

万田邦敏監督の『愛のまなざしを』を劇場で見た。「朝日」で石飛徳樹記者が万田監督と濱口竜介監督の対談を載せていておもしろかったし、「日経」で宇田川幸洋さんが絶賛していたから。濱口監督は万田監督の『UNloved』(2001)に大きな刺激を受けたという。

私は『接吻』(2007)が大好きだった。今回も不可思議な愛の展開を楽しみにしていたが、出だしはちょっと違った。精神科医の滝沢(のもとに、男に連れられて綾子(杉野希妃)がやってくる。クリニックは半地下のコンクリート打ちっ放しで、シュールな絵まで飾ってある。

綾子を連れてきた男はいかにもDVタイプだし、受付役の片桐はいりは顔を見ただけでおかしすぎる。ちょっとバブル時代のような診療室で真面目に患者に接する仲村トオルは作り物のように見えた。亡くなった妻との心の会話は妙に長くて不自然だし、音楽も盛り上げ過ぎかなと思った。

ところが見ているうちにいつの間にか引き込まれていた。滝沢は亡くなった妻の両親と息子と住んでいる。ところが息子は母親がなくなってから滝沢を遠ざけるようになる。患者の綾子はだんだん滝沢に惹かれてゆき、治療が終わってから2人は付き合いだす。

そこに滝沢の亡妻の弟・茂(斎藤工)が現れる。彼は滝沢を非難するが、綾子と知り合って彼女が実は大ウソつきだったことを知り、滝沢に話す。これは綾子がどんでもないファム・ファタル(運命を狂わす女)かと思っていたら、実は滝沢にも綾子に話していない秘密があった。さらにそれは綾子の妄言によって増幅される。

最初は大げさだと思った音楽がいつの間にか快く感じ始め、わざとらしい絵までドラマと呼応しているように見えてくる。滝沢や綾子や茂の芝居めいた長セリフや手や指の動きまでもが画面と一体となって揺れ始める。最後はとんでもない終わり方だが、なぜか調和のようなものが降りてきた。

見終わると、映画的なエッセンスを濃縮した何かを見たと思う。たぶん見る人によっては、わざとらしいとかありえないとか言うかもしれないが、映画好きにはかなり行けるのではないか。『接吻』よりも全体に通俗的になった分、深みが増したのかもしれない。綾子を演じた杉野希妃のプロデュース作品というが、彼女の危うい感じが抜群だ。

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