還暦になって:その(16)白髪の謎
先日書いた右手の痛みがなくなった。この1週間ほど、可能な限り左手を使ったからだろうか。先週の日曜日にスポーツジムが閉まっていたので、平日の10:40の授業前に一度行ったのもよかったようだ。これで精神的にかなり楽になった。
私は還暦になってもなぜか白髪はない。実はもみ上げの部分に2、3本あるが、まあ見えない。だから若く見られがち。頭髪も「禿げる」には至っていない。実は頭の上の方はだいぶ薄くなっていて、ごくたまに上から撮った写真ではそれなりに目立つが、普段はわからない。
「若く見られる」のは、むしろいつも騒いでいるからかもしれない。声が大きく甲高く、瞬間ごとにいろいろ思いついてせわしなく動き回る。落ち着きがないこと子供と変わらない。大学の先生と言えば、落ち着いていつも考え事をしておりときおり目を上げて学生を見るイメージだが、私は学生よりせわしない。
だから「研究」というものができない。他人の書いた論文は読むが、よほど関心のあるもの以外は斜め読みの速読。読みながらこんなどうでもいいことをよくダラダラと書くなあと思っているから、およそ向いていない。ついでに食事を食べるのも、おおむね学生より早い。
ある友人からせっかちで早食いだから白髪も生えないのではと言われた。せっかちはともかく早食いは体に悪いから白髪はむしろ増えるのではと反論したが、体全体が若者的に回っているのかもしれない。
ある週末、原稿や授業の準備で外に出なかったので髭を剃らなかった。私は「髭が濃い」タイプで、朝丁寧に剃っても夕方になると口のまわりが青くなる。ところが2日間剃らなかったら、顎のあたりに短い白髪がたくさんあってびっくりした。それから顔をじっくり鏡で見たら、鼻毛に白いのが何本もあった。
そのまま1週間たったら、顔の下半分は真っ白になるのではないか。これはちょっと怖いが、次の夏休みにでも試そうと思った。いずれにしても体のことは謎だらけ。なぜコロナの感染症者が最近日本で激減したのか、ワクチンの普及以外の説明は誰にもできないのと同じ。
今年の3月に定年退職した同じ大学のT先生はよく「神の摂理」という言葉を使った。「私とコンビになったのが、私が絶対できない学生企画の映画祭をやる古賀先生というのはまさに神の摂理です」。彼はどこかの宗教を信じていたか聞きそびれたが、「神の摂理」という言葉は便利ではある。
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