「白井晟一入門」展を見る
渋谷のユーロスペースで学生が「ジェンダー・ギャップ映画祭」(10日まで)をやっているので、毎日のように通う。空いた時間で付近に何かないかと調べたら、渋谷区立松濤美術館で「白井晟一入門」展をやっていた。白井晟一は、独特な空間で知られる松濤美術館を設計した建築家だ。
あの美術館は、ちょっと不思議な和洋折衷デザインで個人の邸宅のようだ。「静謐」という言葉が一番合う気がする。しかしこの建築家については、よく知らなかった。ただ、新聞社時代の上司が一時期、記者出身で建築評論家として知られたMさん(故人)で、この美術館のことを「あの後期白井晟一の腐ったような建物ね」と評したのを覚えていた。
私は当時「映画伝来」という展覧会を準備していて、東京会場である松濤美術館に足繁く通ってあの空間を気に入っていたので、その言葉はショックだった。彼はその美術館での会議にも一度も来なかった。いずれにせよ、「白井晟一」という建築家の名前は心に刻まれたが、彼の作った建築はあの美術館以外に見ることもなかった。
今回展覧会を見てわかったのは、彼が建築の世界で「傍流」だったこと。京都高等工芸学校(今の京都工芸繊維大学)の図案課に学び、ドイツに留学して哲学を学ぶ。帰国後、義兄の画家、近藤浩一路の自邸を設計したことを契機に建築家となった。いわば独学である。設計をしたのは個人宅や旅館、地方の役場や地方銀行など、マイナーなものが多い。
同じ1905年生まれで東大建築学科卒の前川國男と比べたら、その違いは明らかだろう。前川はフランスでル・コルビュジェに弟子入りし、国立国会図書館や東京文化会館、あるいは東京都美術館を始めとして日本各地の美術館を作っている。前川事務所の弟子に丹下健三がおり、東大教授になった丹下の教え子に磯崎新、槇文彦、黒川紀章など。
今回展覧会を見て、松濤美術館はこの建築家の美学の集大成のようなものだと思った。包み込むような箱の中で、そこにいると何となく安堵して気持ちよくなってくる。なぜか精神的な世界に目が開く気がする。前川の国立国会図書館や丹下の東京都庁のようなモダニズム建築とは正反対の、優しい和風の空間だ。
この美術館以外で唯一私が見たのは親和銀行東京支店だったことが、この展覧会でわかった。銀座三越の並びの三原橋にぼこっと立った黒いビルで、1階部分はコンクリートで異様だったことを覚えている。この建物は2006年に解体されている。ヘンな建物だなあと思って近づかなかったのが惜しい。
この展覧会は12月12日までが「第1部 白井晟一クロニクル」で、1月4日からは「Back to 1981 建物公開」で建築そのものを見せるようだから楽しみ。
私が見たのは第1部の最終週で事前予約が必要だったが、知らずに予約していなかった。すると受付で外にいったん出てQRコードを使って今すぐ予約できると言われた。3分ほどかけて名前などを入力して予約すると入れたが、中は混んでいなかった。何という形式主義か、渋谷区は。
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