ようやく『水俣曼荼羅』を見る:その(1)
6時間12分の原一男監督『水俣曼荼羅』をようやく劇場で見た。昨年の東京国際映画祭がお披露目だったから、長い間待っていた。普通の試写の回数は少なかったけれどオンライン試写で見てはいけないと思い、公開まで待った。みんな6時間は長く感じないと言っていたが、その通りだった。
原一男監督は『ゆきゆきて、神軍』(1987)にしても『全身小説家』(94)にしても、特別に興味深い人間を見つけて追い回す。ところが『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017)では、患者の集団を描いた。それでもその中から忘れがたいキャラクターが何人か出てきた。
今回の『水俣曼荼羅』も、国や県に対して被害を訴え、訴訟を続ける患者たちやそれを支援する医者、弁護士などの集団を描いている。水俣病のドキュメンタリーといえば、土本典昭監督の『水俣―患者さんとその世界』(1971)に始まる一連の作品を思い浮かべる。私はそのほとんどを1986年に池袋西武のスタジオ200で見て、強い衝撃を受けた。
あの映画から50年がたち、なんとなく水俣病は終わったのではないかと思っていた。最近のジョニー・デップ主演の『MINAMATA』も、1960年代の話だった。ところが全く終わっていなかったことをこの映画で知り、まず深く自分を恥じた。たとえば胎児性患者だった坂本しのぶさんは土本さんの映画に出ていたと思うが、ほとんどあのままの姿で70代になり、元気に生きていた。
そして患者認定を求めて裁判を起こす人々や、2009年に施行された水俣病被害者救済法(特措法)に漏れて抗議をする人々が大勢いる。患者と認定された坂本さんのような人々は今も苦しみながら生き続けている。そんなことを全く忘れていた、あるいは知らなかった。
この映画ではさまざまな人々が入り混じっているが、ひときわ輝くのが70代の患者の生駒秀夫さんと坂本しのぶさんだろう。生駒さんは今もコップ一つ持つにも手が震える。話すのも苦しそうだが、内容は明確だ。彼は15歳の時に発病し、視野狭窄となった。その時の映像も残っている。
彼はそれでも結婚相手が見つかった。その話をする生駒さんは実に嬉しそうで「人生初めて嬉しいニュース」と言う。そして原監督の質問に答えて新婚初夜で何もできなかったことを大笑いしながら詳細に語った。
坂本さんは小さい時から今まで車椅子生活だが、実は「恋多き女」だった。自分が作詞した曲が演奏される時舞台に上がるが、終わりの方で涙を見せる。聞くと「好きな人が見に来ていたから」と恥ずかしそうに答える。それから彼女が好きになった施設の館長やNPO法人の代表や新聞記者が次々に現れて、彼女との出会いを語る。その時の嬉しそうな坂本さん。
原監督はインタビュアーだったり、カメラを回したり、録音をしていたりと、よく映画の端っこに見える。どこまでも患者さんに寄り添おうとう執念が、これらの奇跡的な映像を生んだのだと思う。撮影15年、編集5年というが、今年の年末に必見の映画。
四方田犬彦さんのコメント「6時間が長いか、短いか。いまだに公的に認定されずにいる水俣の患者たちの、ほとんど人生に等しい待ち時間に比べると、一瞬のようなものではないか」
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