『偶然と想像』に引き込まれる
濱口竜介監督の『偶然と想像』を劇場で見た。都内では文化村ル・シネマの2スクリーンのみのせいか、若者、とりわけ男性が多く、いつものあの劇場とは全く違う客層で、何と満席に近かった。映画を見てみると、それもわかる気がする。
一言で言えば大人同士の心理の絡み合い、とりわけ男女の機微を見せる映画だが、『花束みたいな恋をした』よりもよりハードというか、その先の心理まで突き進めるし、どう転ぶかわからない。1度カメラがズームで人物に近づいた時に、韓国のホン・サンスの映画を思い出した。しかし、ホン・サンスほど無造作ではない。
十分に練り上げられた「偶然」というのか、ありえないようでありそうな心理の展開を見せる。そしてそれが「運命」のように突き付けられる。その意味ではエリック・ロメールの映画のような、どこか「残酷」な様相を見せる。
「濱口竜介短編集」と銘打たれて、3つの話がある。私はだんだんおもしろくなって、1話目「魔法(よりもっと不確か)」より2話目「扉は開けたままで」が、そして3話目「もう1度」がさらによかった。次第に軽い「偶然」から、「運命」の度合いが強くなる感じか。
3話とも話しているばかりの映画だ。しかしとりわけ女性の声が美しい。最初のモデル(古川琴音)とヘアメイク(玄理)のタクシーの中での会話から心地よいし、2番目の大学教授(渋川清彦)と社会人女子大生(森郁月)の会話も学生のとりわけ小説を読む声がいい。第3話が好きなのは、男性がほぼ出てこないからかもしれない。
第3話は、高校の同窓会で仙台に行った夏子(占部房子)が、帰りの駅のエスカレーターで本当は会いたかった同級生(河合青葉)に偶然に会うというもの。夏子は高校生の時にその彼女と愛し合っていて、同窓会に行ったのもそのためだった。結婚して子供もいる同級生は自宅へ招くが、話しているうちにとんでもない事実が露呈する。
2人の佇まいがいいし、両方の声が室内に朗々と響く。まるで朗読のようだ。そこに外の音がかすかに加わる。とりわけ夏子を見ていると、そのひたすらな思いに胸が締め付けられそうになる。
第3話の設定が、コンピューター・ウィルスであらゆるデジタル機器が使えなくなった時期というのもいい。SNSも配信もない。そのせいか、手紙やDVDが復活する。全体の古風な感じはそこからも来ている。
私は『ドライブ・マイ・カー』のあまりに知的な設定が少し苦手だったので、こちらの映画の方がずっと好きだ。映画館で見るべき映画。
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