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2022年1月27日 (木)

『最後の角川春樹』は抜群におもしろい:その(1)

伊藤彰彦氏の『最後の角川春樹』が抜群におもしろかった。私は一世を風靡したいわゆる「角川映画」は公開当時、数本しか見ていないし、角川春樹の監督作品は『天と地と』(1990)にひどく退屈した記憶しかない。彼の俳句も全く知らない。そんな私でも、この本には血沸き肉躍る。

私が大学生だった1980年代において「角川商法」というのは、いわゆる文化人が一番軽蔑していた。映画に宣伝費をかけて遮二無二ヒットさせて、原作本も売りまくる。そこには文化も芸術もなく金儲けしかない、というのが戦後民主主義に育ったインテリのひがみ半分のイメージだった。

そして辛うじて同時代的に見た1983年の『探偵物語』と『時をかける少女』(併映)は、監督の根岸吉太郎や大林宣彦に才能があるからおもしろい、などと思っていた。『セーラー服と機関銃』(1981)に至っては、ずいぶん後になって相米慎二監督だから見た次第。

そんな私がこの本を読もうと思ったのは「朝日」の書評で石飛徳樹記者が絶賛していたこともあるが、筆者の伊藤彰彦氏はとにかく『映画の奈落―北陸代理戦争事件』が震えるほどおもしろかったから。もう1つは角川春樹さんはある時期会ったことがあって、魅力たっぷりだったから。

2005年の『男たちの大和/YAMATO』(佐藤純彌監督)の時に、私は20社ほどの製作委員会の中に新聞社の担当として加わることになった。委員会のたびに角川春樹さんを見るのが楽しみで、最初の委員会で彼は出席者全員に自分から頭を下げて名刺を交換して回ったのに驚いた。

いつも奇抜だがお洒落な格好で、完成披露試写会の時には海軍大将のような服装で現れるし、初日朝には上映前に東映本社屋上の「東映神社」で真っ白な神主姿で祝詞を挙げた。そしてスポーツ新聞記者たちを前に「この映画は絶対に当たる。当たらなかったら私は東映本社前で割腹自殺するから、それが話題になって当たります」と真顔で言っていた。

この映画は個人的には好きではなかったが、興収50億円(この本には配収50億円と書かれているが誤記)の大ヒットとなった。製作費は公称25億円で、実際は13億円だから出資者としてはかなり儲かった。ちなみにこの本では原寸大で戦艦大和を再現したことに対して「私は「大和」の発見者ですし、なおかつ角川春樹なんです。ミニチュアで「大和」を撮ったら角川春樹でなくなる」と説明している。

発見者というのは1985年に「海の墓標委員会」を作って、大和を海底から発見したことを指す。原作は角川春樹の姉の辺見じゅんで、彼女が獄中の春樹に「月に1回面会に来てくれて、毎月2回励ましの手紙をくれましてね。これはお返しをしなければいけない、『男たちの大和』を実現することが姉へのお返しになるのではとだんだん思うようになったのですね」と書く。

この本は、このような角川春樹氏の情のこもった人間関係にページが費やされる。それが抜群におもしろく、時おり涙も出てくる。この本についてはまた書く。

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