『ハウス・オブ・グッチ』を楽しむ
80歳を過ぎても監督を続けているリドリー・スコットの新作『ハウス・オブ・グッチ』を劇場で見た。これはもう怖いもの見たさというか、予告編で十分にグロテスクな感じだったので、楽しみだった。ところが実際に見てみると、ちょっと不思議な感じがあった。
まず登場人物の誰にも感情移入できない。というよりも、みんな派手な行動をするが、その心理は見えない。まるで感情のないロボットのようにむやみやたらに動き回る。そのくせ、肝心のファッションそのものはあまり出てこない。
レディ・ガガ演じるパトリツィアは、あるパーティでグッチ創業者の孫マウリツィオ(アダム・ドライバー)と出会い、猛烈にアタックする。マウリツィオは最初は特に興味がなかったが、豊満な肉体を押し付けられるうちにだんだん好きになる。父(ジェレミー・アイアン)は彼女の家が運送業者でふさわしくないと反対するが、マウリツィオは押し切って結婚する。
マウリツィオはニューヨークの店を成功させた叔父(アル・パチーノ)と仲良くするが、もっとグッチを大きくしたいパトリツィアの存在によって叔父ともその息子(ジャレッド・レト)とも次第に仲が悪くなる。そこにアラブ系の投資家が近づく。一族内で告発や訴訟が始まる。
いわゆるお家騒動だが、クールなジェレミー・トーマスも俗っぽいが憎めないアル・パチーノも、マイペースに凡庸なファッションを打ち出すジャレッド・レトも実に魅力的。アダム・ドライバーは昔から知っている彼らとエネルギー爆発のレディ・ガガに挟まれて右往左往。
パトリツィアも含めて一人も本当の悪人として描いていないのは、やはり訴訟などを恐れてのことだろうか。あえて彼らの心理を見せないのもそういうことかもしれない。その分みんな動作は大げさでアップのショットが多く、80年代の能天気なポップスも盛り上げる。
終盤にパトリツィアがマウリツィオの暗殺を企てるあたりで彼女の「嫉妬」が前面に出て神がかりになり、トーンが変わる。そこもある種同情を持って見ることができるので、やはり「悪女」ではない。
ファッションとして見て楽しいのはトム・フォードのデビューくらいか。赤と緑のリボンのついた布バッグがちらりと出てくるくらいで、グッチのファッションにおける父や叔父やマウリツィオの役割やお家騒動のなかでどう変わっていったのかはあまり見せない。これまた配慮かもしれない。両手両足を縛られたテーマで、リドリー・スコット監督はよくやったと言うべきか。
そういえば私は、2000年頃フェラガモと仕事をしていたことがある。3代目の孫にも会ったが、グッチの話を向けると「あそこと違ってウチは家族で仲がいいから」と言っていたのを思い出す。日本には一族はよく来ていた。この映画でもアル・パチーノの叔父が日本の顧客を大事にして、日本語を勉強していた。
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