『安魂』の見せる父親像
日向寺太郎監督の『安魂』を見た。実は公開直前にオンライン試写で見て、劇場で見るべき映画だと思っているうちに岩波ホールのプレミア上映が終わってしまったので、次の4日からの本上映前に書いておく。
なぜ劇場で見直したいと思ったかといえば、これが直球のオーソドックスなドラマだから。最初は成功した父に何とか認めてもらいたい息子の物語として展開し、後半はその息子をなくした父の喪失感とその後の生き方を描く。奇をてらわない作りゆえに、スクリーンだとそれが正面から受け止められる気がした。
まず脚本が練り上げられている。中国の作家、周大新の原作をベテラン脚本家の冨川元文が組み立てたもので、登場人物全員の動作や言葉に目が行き届いている。大作家となった唐大道は息子の英健の出世を望んできた。彼が幸せになればと思い、農村出身の娘・張爽との結婚に反対する。母は疑問を感じながら黙って見守る。
英健は何とか父の期待に応えようと懸命に仕事をする。すべて父に従ってきたが、張爽との結婚だけは押し切ろうと考える。そんなある日、日頃の無理がたたったのか、英健は倒れて急死してしまう。悲嘆にくれる父と母。その日以来父は急に老けるが、ある日英健にうり二つも青年と出会い、遮二無二追いかける。
青年は交霊術師の息子で、張爽からも情報を得て、自分を追いかける周大道を騙そうとする。妻はそれが詐欺だと気づかせようとするが、夫は交霊術師のもとに通い続ける。そこに妻や張爽や彼女が知り合う日本人留学生も絡んで、ドラマは意外な展開を見せる。
周大道を演じるウェイ・ツーがいい。最初はどこかエリート特有の優しそうで自分勝手な感じを見せるが、息子の死後から一変する。その顔つきやたたずまいがたまらない。人は大事な人を亡くした時にどうなるのか、どうやって向き合ってゆくのかをじっくり見せる。
日本人留学生(北原里英)はいるが、ほとんど日本と関係がない中国の話ですべて中国語。一人っ子政策が背景にあるこんな物語をよく日本の監督が撮れたと思う。ひょっとすると舞台となった開封の懐かしい感じの街並みも含めて、古さと新しさが渾然となった今の中国だからこそ、こんなシンプルな物語がうまく馴染むのかもしれない。
今の日本だと父親が息子の結婚に反対すること自体が映画にならないかも。これは日本だと昭和にふさわしいと思ったのは、見ながら平成になってすぐに亡くなった自分の父親のことを考えたから。私の父は作家でもなんでもないが、あんな感じだった。
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