『ダーク・ウォーターズ』に震える
去年最後に劇場で見た映画は『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』。『キャロル』のトッド・ヘインズ監督だし、「日経」で中条省平さんが、「朝日」で秦早穂子さんが絶賛していたので見に行った。これが2時間6分、全く身動きができないほど緊張する力作だった。
まず1975年に夜に湖で遊ぶ若い男女3人がボートに追いかけられる。ボートからは数人の男たちが廃液のようなものを湖に撒いていた。そして1998年、弁護士ロブ(マーク・ラファロ)に会いに来た農家の男2人がいた。ウエストヴァージニア州に住む祖母の紹介で、デュポン社が近所の埋め立て地に捨てた廃棄物で牛が死んでいるという。
ロブは現地に行って190頭の牛が死に、残りの牛も死にかかった現実を見る。彼はデュポン社を担当する大きな弁護士事務所の共同経営者になったばかりだったが、デュポン社を相手の訴訟の弁護を始める。デュポン社からの情報開示で出てきた膨大な社内資料には、1970年代から危険性を知りながら有害物質を使い続けた事実が記されていた。
デュポン社の有害物質はPFOAやC8と呼ばれるが、いわゆる「テフロン加工」に使われているもの。社内資料からその製造に携わっていた従業員から多くの病人が出て、赤ちゃんに異常が出た女性もいたことがわかる。ロブは弁護士事務所の社長(ティム・ロビンス)や妻(アン・ハサウェイ)の協力を得てデュポン社を追い込もうとするが、それは困難を極めた。
住民の調査には7年も時間がかかり、ロブの収入は減る一方。その間に死んでゆく住民もいた。妻との仲は難しくなり、ロブも体調を崩す。ようやく3千人を超す住民へ賠償金を出させるまで漕ぎつけたが、デュポン社はビクともしない。
巨大企業に対してほとんど一人で立ち向かう弁護士の話だが、劇的なシーンよりも辛いシーンを暗い画面で静かに見せる。牛が静かに死んでゆく様子や先天性異常を持って生まれた男の成人した姿の1カットに力がこもっている。最後に、映画に出てきた数人が実際の被害者だったことを知って愕然とする。
もちろん実話であり、「ニューヨーク・タイムス」でこの事件を知ったマーク・ラファロが映画にしようと監督のトッド・ヘインズに持ち掛けたという。有毒な産業廃棄物を知っていながら捨て続けるという企業の構造は、水俣病と全く同じ。人間を蝕む資本主義の恐ろしさとそれと戦うことの難しさを改めて考えた。この正月休みに必見の1本。
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