今さらヌーヴェル・ヴァーグ:その(2)
採点、入試と続き、なかなか映画館に行く時間がないので、また古い映画の話を書く。数年前からアニエス・ヴァルダに凝っている。『ラ・ポワント・クールト』(1955)は2019年末に日本で公開されたが、その3年ほど前に英語字幕版DVDで見て驚嘆したのが最初かもしれない。そして配給会社にそのDVDを貸したのが、公開のきっかけのはず。
ヴァルダは2019年3月に90歳で亡くなったが、近くで3度会ったことがある。1度は2001年頃にフランス映画祭でやってきて、フランス映画社の柴田駿さんがフランスから芸術文化勲章をもらう受勲式に現れた。式の様子を使い捨てカメラ「写ルンです」で撮っていた。
2度目は2016年春、パリのシネマテーク・フランセーズでジャック・ロジエの『オルエットの方へ』を上映した時に観客席にいた。上映後にロジエに声をかけていた。3度目は同じ頃フランスのレイモン・ドゥパルドンの新作Les habitants(=「住民たち」未公開)の招待客用試写に来ていて、その後のパーティでドゥパルドンと話していた。
3回とも自分のイベントではない場所にあの赤く染めたおかっぱ頭でひょいと気楽に現れて、声をかけて明るく過ごす。この姿が『5時から7時までのクレオ』(1961)でパリの街を放浪するクレオと重なる。しかしながら、クレオはもっと暗い。もちろん検査の結果を待つ時間というのはあるが、会う人々になかなか心を開かない。
まず最初にやってくる忙しそうなハンサムな恋人ジョゼにも、その後にやってくる音楽家のボブ(ミッシェル・ルグラン)とその友達にも、がん検診の結果を待っていることは伝えない。それを知っているのは、最初から一緒に出てくる年上のマネージャー的な女性、アンジェールだけだ。気まぐれで帽子を買うのにも同行する彼女とはシスターフッド以上のレスビアン的な結びつきを感じる。
二人はリヴォリ通りからタクシーに乗って左岸に向かうが、驚くのはその運転手が女性であること。日本では最近になって見かけるが、1960年のパリに女性運転手はめったにいなかったのではないか。そのうえ、クレオは運転手に話しかけ、運転手はクールに答える。ここにも明らかに女性同士の連帯がある。
クレオは男たちが帰った後に、部屋から出て1人でヌードモデルをしている幼馴染のドロテに会う。ドロテの美しい体がエロチックだが、わざわざその裸を見せるのもレズ的な感じがする。彼女にはガンの話まではしないが自分の体調が悪いことを伝える点は、男たちとは違う。
彼女と別れてモンスーリ公園で休暇中の軍人と出会う。博学なアントワーヌは、これまでの3人の男に比べて静かで知的だ。彼と話すうちに安心して、一緒にバスで病院に行く。彼にはアンジェ―ル以外に初めてガンの話もするし、住所も渡す。医師に結果を聞いて「もう怖くないない」「幸せだわ」
ここで病院に行くのにタクシーではなく、バスに乗ることが重要だ。彼女はもはやセレブではない。そもそもアントワーヌはクレオ(フロランスと本名を言う)が有名な歌手であることも知らない。クレオは生身の普通の人間として、世界に開かれてゆく。ヴァルダが示そうとした人生観が出ているのではないか。
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