『最後の角川春樹』は抜群におもしろい:その(3)
『野獣死すべし』で主演の松田優作が映画の終りを勝手に変えたことに怒った角川春樹が、渋谷のガード下で優作を待ち伏せた話を前回書いた。実はこのように、角川の映画関係者や文学者との付き合いの話がこの本で一番おもしろい。
特に初めて会った時の話がいい。作家の中上健次と初めて会った時はこうだ。角川は作品の評判がいいので会いたいと思っていた。
「中上は私に好印象を抱いていなくて、私と会うまで「角川春樹に会ったらぶん殴ってやる」と息巻いていたんですね。そのことを小耳に挟んだ私は、吉野について、お茶を飲みに行った時に「こら、中上ィ、僕をぶっ飛ばすと言ってンだってな」とガンを飛ばすと、「すみません!」と彼は何と土下座したんです(笑)」
体格もよく異様な迫力の中上健次が土下座するさまを想像するだけでおかしい。「中上ィ」と、「中上」の後に小さな「イ」が付いているのがいい。私にとって、中上健次は一度見たかったと思う作家だ。今は作家の松浦寿輝が仏文学者だった頃に中上とベルギーに行って「おまえは猿みたいにフランス語を話すなあ」と言われたことを書いていたが、東大の助教授に「猿」と言う中上は本当にすごい。
角川春樹と中上健次は仲良かったらしい。「水と油と思われた二人が旅を通じて「共振れ」する書物」(伊藤彰彦)『俳句の時代ー遠野・熊野・吉野巡礼』という共著さえある。これはすぐにも読みたい。角川は「中上とはよく旅行をしました。若狭にもいったし、ウチの神社(軽井沢の明日香宮)にも来てもらいました」と思い出す。
西武百貨店の堤清二とも仲がよかった。お互いに二代目の経営者である。「角川が堤清二(辻井喬)に出会ったとき、角川は21歳、堤は36歳だった」。角川は語る。「出会ってから堤さんが亡くなるまで51年の付き合いになりましたが、堤さんがずっと左翼の尾っぽを引きずっているところが魅力的でしたね」
「堤さんとはおたがいにものすごく共感しあう部分がありました。それは文人であり経営者であることの孤独と矜持でした。/亡くなられる直前、堤さんが看護師さんに向かって、突然カントの哲学を講義し、高らかに「インターナショナル」を歌ったと聞きました。「インターナショナル」の話を聞いたとき、この人は変わらなかったんだな……」と私は感銘しました」
病室で「インターナショナル」を歌う堤清二を想像するだけで泣けてくる。彼は私が学生時代に尊敬していた一人で、そのために西武百貨店の入社試験を受けた。内定をもらったのに結局行かなかったが、後に田中一光展を企画する時に堤さんに会いに行ってその話をすると「それは行かなくて正解でした」と笑っていた。今日はここまで。
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