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2022年2月12日 (土)

『フランドルの冬』のコバヤシ

武田潔さんに勧められて加賀乙彦の『荒野を旅する者たち』(1971)を読んでここに書いたのは2020年の7月だったが、その時一緒に買ってそのままにしていた『フランドルの冬』(1967)をようやく読んだ。最近小学館から出たB6判のペーパーバックのシリーズ「P+D Books」で、わずか税別650円。この作家の第一回長編で、二作目の『荒野を旅する者たち』と同じくフランスに住む日本人の精神科医が主人公だ。

第二作はパリの国際大学都市が舞台だったが、こちらは北フランスのアラス近郊のサンヴナンという小さな村の精神病院の話である。英仏海峡に面したパ=ド=カレ県で、私はそこから遠くないコンデットという海に近い村で1週間過ごしたことがあるが、本当に何もない、夏でも寒々とした地域だった。

コバヤシはサンヴナン精神病院に内勤医としてパリから移って来た。そこには著名な精神科医のドロマール博士がおり、パリから手紙を書いているうちに、いつの間にか留学期間を延長してサンヴナンに勤務することになってしまった。

「アラスの駅に降り立ったとき、風の冷たさにコバヤシは身震いした。冷たいばかりではない。空気の質がパリと全くちがって山奥の深い森の空気のように澄んで湿っていた」

若い医師たちは病院の寮に住んでいる。ブノワとアンヌのように医師同士で婚約中のもいれば、ミシェルのようにアルジェリア戦争で心身共に傷ついた医師もいる。コバヤシは看護婦のニコルを愛し始め、とうとう2人は関係を持つ。しかしニコルはドロマール博士と噂があり、さらにミシェルと出かけたりする。コバヤシの精神状態は次第に怪しくなってくる。

独身のドロマール博士は相当に変人で、看護婦に薬を使って眠らせたり、ニコルの知恵遅れの弟を自分の部屋に連れ込んだりしている。ミシェルは自殺を考えて、なぜかニコルを連れて旅に出る。コバヤシはニコルと別れようと決心するが、ある時妊娠を知らされる。彼は日本に滞在して日本語のできるドラボルド神父に打ち明ける。

「ぼくは医者で、学問に精神医学に情熱を抱いている。ところが彼女の望みは金と愛欲だけです。分ってます。あなたはこうおっしゃりたい、それは男女の普遍的差異だと。女は家庭を守ればよいと。ところがです。彼女は家庭などどうでもいいのです。おかげで家の中は乱雑そのもの、何もかも絶望的状態にある」

そのうえ、コバヤシは日本人ということであちこちで馬鹿にされる。憲兵に尋問され、ホテルに行くと相手は敬語を使わない。患者にさえ言われる。「お前みたいなきたならしい黄色人種がわたしを駄目にする。お前が医者だって?なにさ、女みたいに毛のないくせに。知っているよ。お前は男じゃないんだ。くやしかったら黄色い子供でも生ませてみりゃいい」

ミシェルは自殺し、コバヤシはミシェルを愛していたカミーユと関係を持つ。ブノワはコバヤシの後任のギリシャ人に言う。「やな野郎だったよ。学者ぶってね。そのくせ女には手が早かったな。最初、同僚の恋人に手をだし、それから看護婦と同棲し、さいごはどうやら家庭訪問員と一緒になるらしい。辞表を出したところをみると日本へ帰るつもりらしいがね」

小説はコバヤシが帰国したかも書かずにプイと終わる。何とも暗澹たる小説だった。著者の加賀乙彦の「新しいあとがき」によれば、彼自身がパリで帰国の準備をしていた時に、サンヴナン精神病院に誘われて1年間を過ごしている。1959年から60年のことだが、アジア人に対する全般的な軽蔑は私が留学した1980年代半ばも変わっていなかったように思える。今はどうだろうか。

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