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2022年2月 2日 (水)

コテコテの『野バラの恋』

国立映画アーカイブの「香港映画発達史研究」をもっと見たいと思うが、試験の採点や卒論審査の準備で時間が取れない。ようやく最終日に出かけたのが王夭林監督の『野バラの恋』(1960)。「一世を風靡した映画スター、葛蘭(グレイス・チャン)がファム・ファタール的なナイトクラブ歌手を演じた代表作」というチラシの文章に惹かれた。

確かに大半がナイトクラブのシーンでグレイス・チャンが得意とするのが、オペラをアレンジした曲の数々。『カルメン』も『椿姫』も『蝶々夫人』も出てくる。音楽に「服部良一」というクレジットがあるが、それはこれらのオペラの編曲ではないのか。

一番驚くのは、グレース・チャン演じるタン・スージャが、恋人のリャン・ハンファと傷害事件を起こして闇に消えた後に復活するナイトクラブ「銀城」で『蝶々夫人』を歌う時。日本髪の鬘をかぶって、着物を着こなす。それを見た支配人は「あの日本人、中国語うまいねえ」。「ある晴れた日に」の一節だが、歌詞は全くオペラと関係なく「結局、悪いのは私」などと悪女ぶりを歌い上げる。

物語としては、音楽教師を首になったハンファが、ナイトクラブで出会う歌姫と恋に落ちてすべてを捨てるというもの。ハンファには婚約者スーシンがいたが、彼女と母を捨ててスージャと住み始める。スージャは浮気女に見えて、実は妻が重病のピアニストのワンさんを助けるなど、なかなかの人情家。ハンファを本当に好きになる。

しかしスージャにはかつてヤクザの夫(片目!)がいて、追い回す。ハンファはやってきた元夫に刃物で大ケガをさせて逃げ回る。彼の母とスーシンはその居場所を明かし、ハンファは逮捕される。半年後の釈放の日は大雨で、スーシンと母及びスージャが別々に迎えに来るが、ハンファはスージャと雨の中を走り去る。

2人は金がなく、スージャは女友達の助けを借りて「銀城」で歌うきっかけを見つける。そこにはかつて助けたワンさんが楽隊を準備して待っていた(ここで涙)。スージャの活躍を知った元夫はハンファと別れないと彼を殺すと脅す。スージャはハンファによかれと別れを告げて母のもとに戻るよう勧めるが、ハンファは聞かない。ある日「銀城」の舞台が終わった後の楽屋で、ハンファはスージャの首を絞める。

ナイトクラブの情の厚い歌姫が主人公で、音楽教師くずれのうぶなピアニスト、片目のやくざに母親と許嫁、ワンさんと病身の妻など悪と不幸がコテコテに詰まっている。その合間を歌うグレース・チャンの歌もすばらしく、134分はあっという間に過ぎた。結局、男はみんな自分勝手で、女たちはちゃんと考えて生きている、というトーンもよかった。香港映画特集、もっと見るべきだった。

付記:畏友、石坂健治さんによれば服部良一の作曲には劇中で歌われる「ジャジャンボ」(笠置シヅ子が歌った)もあるとのこと。

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