『奇想のモード』の痛々しさ
お洒落というのは「やせ我慢」だと言う人がいたが、東京都庭園美術館で4月10日まで開催の「奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム」を見て改めてそうだと思った。この展覧会には身体を痛めつけながら「装う」姿が次々に出てくる。
展覧会の冒頭にある中国の纏足の靴の小ささに思わず声を挙げそうになる。19世紀後半の清末期では、多色の糸でしっかりと刺繡をされた15センチほどの靴を履いた女性をありがたがっていたのだろう。同じ時期の英国の、とんでもないほどウェストの細いコルセットもある。
そして何より「痩せる」ことへの現代も続く妄執。そこに毛髪を使ったドレスを着て、昆虫をかたどったブローチをする。ファッションは現代のデザイナーまで展示されていて、マルタン・マルジェラが一番先鋭的か。絵の額縁をネックレスと称して首にかけたり、マネキンの台の布自体をドレスにしたり。
もちろんシュルレアリスムとは近い。ダリの絵画やマン・レイの写真は女性の裸を扱ったものが多い。入口のホールには体に階段のついた女性の彫刻が並んでいる。ここではやはりマン・レイの『ひとで』とかダリ&ブニュエルの『アンダルシアの犬』などの映像作品が欲しいなと思う。
シュルレアリスト唯一の女性、メレット・オッペンハイムは赤い血管のついた手袋しかないのが残念。シュルレアリスムにはどこかマッチョなところがあるので、彼女のジェンダー・ギャップを表す写真やオブジェがあるといいのにと思う。『ヴォーグ』などの雑誌とシュルレアリストのコラボした表紙もあるが、ピカソがこの雑誌の表紙に手をいれたものがあったらいいのにとも考えた。
ルネ・マグリットも身体や衣装と関係の深い画家だが、小さなリトグラフ1枚では残念。展示されているリトグラフは森の中の騎手だったと思うが、このテーマなら最近オープンした大阪中之島美術館のコレクションに大作の油絵があった(もちろん開館記念展で展示中だろうが)。
新館は「和の奇想」と称して大正時代の変わった帯留めや江戸時代の花魁を描いた錦絵が並ぶが、ちょっと中途半端かも。その後には現代のデザイナー作品が並ぶが、串野真也の毛皮をつけた靴が異様だった。踵が高すぎてとても歩けないだろうが。
出品は国内からのみだから海外作品が中心のこの展覧会ではどこか中途半端だし、そもそもテーマが大きいので学芸員の恣意性が目立つ。それをいいの悪いのと言いながら見るのも楽しかった。
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