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2022年3月 7日 (月)

『MEMORIAメモリア』の音

朝、「ドン」という大きな音に目覚める。まわりを見てみるが、何も変わっておらず、気がついた者もいないようだ。タイのアプチャッポン・ウx-ラセタクン監督の『MEMORIAメモリア』はこのように始まる。このタイの鬼才の映画はいつも映画祭か試写で見ていたので、映画館で見るのは初めてかもしれない。

やはり映画館で見ると、一般の観客の反応をビビッドに感じる。途中でわからなくて寝てしまう人や帰る人がいて、いきなり宇宙船が出てくる場面で「おっ」と声を出す人もいる。

私は朝起きての爆音からビンと来た。最近自宅の近所でマンションが2つ建設中だし同じマンションではリフォーム真っ最中の部屋がある。そのうえウクライナのニュース映像を見ていることもあるが、どうもヘンな音がした気がする毎日だから。そして車の警報(ドアを閉め忘れた時など)が鳴り、いくつもの車が呼応するあたりでやられた。

ティルダ・スウィントン演じる主人公のジェシカはコロンビアにいる。妹の見舞いに病院に行くが、そこでも爆音が聞こえる。大学の研究室でエルナンにその音を再現してもらうが、次に行くとそんな人間はいないと言われる。妹の夫婦と食事をしていてもまたジェシカにだけ爆音が響く。車の警報も遠くに聞こえる。

医者に相談したり、古代の埋蔵された頭蓋骨を見たり。そうしてなぜか川のそばで魚のウロコを取る男に出会う。彼の名もエルナンだが、スマートな大学の男とはまるで違い、一度も村から外に出たことがないと言う。そして永遠の沈黙が訪れたかに見えるが、そうでもなかった。

ポイントはジェシカはスペイン語ができるが、完璧ではないことか。相手が英語ができると英語になる。その疎外感のなかで音に敏感になる。というよりも、自然の生み出す光と音に全身をさらしてゆく。そんな音と映像の日光浴のような体験が、ある時ふと終わる。真っ黒の中に流れるクレジットに雨の音が強まってゆく。

記憶というのも一つのポイントだろう。魚のウロコを取る男は「あなたは私の記憶にはいってゆく」と語る。そして「私はハードディスクで、あなたはアンテナだ」とも。意味不明だが、ジェシカはアンテナのような役割の女だから、爆音が聞こえるのかも。

ほぼ満員の客席は、映画が終わっても明るくなるまで立つ観客はいなかった。やはり気持ちよいが違和感のある日光浴からはそう簡単には抜け出せない。この春、映画好きには必見。

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