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2022年3月11日 (金)

今まで見たことのない映画『アネット』

これほどたくさん映画を見ていても、「こんな映画、今まで見たことない」と言いたくなることがたまにある。レオス・カラックスは1984年に『ボーイ・ミーツ』でデビューしてから、新作ごとにその感情を抱かせる稀有な監督だった。そして試写で見た4月1日公開の新作『アネット』でもまた、そんな気持ちになった。

今度の驚きは、まず英語の映画である。だいたい自国語以外の外国語で映画を撮ると、どこかピントがはずれてしまう監督が多い。特に英語圏以外の監督が英語で撮る場合は大作狙いが多いので、だいたいうまくいかない。そのうえ、ミュージカルである。カラックスのあの痛いほどの身体的リアリズムが、歌で進めるミュージカルと合うはずがないと思った。そしてアクの強すぎるアダム・ドライバーが主演。

しかし見始めた瞬間に「いける」と思った。スタジオでカラックス監督がバンドに指示を出す。そして監督は女の子を連れてバンドと共に夜の街を歩きだす。そこにアダム・ドライバーやマリオン・コティヤールが加わって歩き出す。痺れるほどカッコいい。

その前(だったと思う)に映画会社のクレジットのあたりで、妙なナレーションが聞こえてくる。「最後までどうぞお静かに。/息すらも止めて、ご覧ください。/上映中の呼吸は一切禁止です。/では、ここで最後の深呼吸をどうぞ。」

まず、アダム・ドライバー演じるヘンリーのスタンダップ・コメディが出てくる。反応する観客も同時に撮影した進行形のショーだ。それがマリオン・コティヤール演じるオペラのシーンにつながる。細部まですべてミュージカル仕立てで、かつて「誰も見たことのない」フランス製ミュージカルとなった『シェルブールの雨傘』を思い出す。

二人は恋に落ちる。この過程が郊外の散歩、バイクでの疾走、ベッド、と二人の愛の歌で進む。「私たちは愛し合っている」と歌うだけでえんえんと続けるが、その真剣さとずれ具合が何とも愛おしい。そしてあろうことか二人の間に娘アネットが生まれる。

ところがそのアネットは、出てきた瞬間から人形だった。これがCG調でなくて人形アニメのような手作りの感じが残る。そしてアネットは少し大きくなると歌を歌い始める。父と共に歌うシーンは大ヒットし、世界中でコンサートを開く。ヘンリーとアンの確執が始まり、指揮者(サイモン・ヘルバーグ)が表に登場する。

この親子三人の様子は、時おり差し込まれる芸能ニュースの形で伝えられる。だんだん悲劇が始まってアンは消えてゆき、指揮者の存在が重要になる。なんとなく退屈してきたなと思ったら、終盤のアネットの宣言と変容にドキドキして、それがじんわりと心に沁みてきた。そんなこんなで長い冗談のようなメロドラマが終わった。

この映画は「ナスチャに捧ぐ」と出てきたが、プレス資料を見ると監督の娘で冒頭に出てくる女の子のようだ。今までに見たことのない映画なのは間違いないが、筋は簡単なのにもう一度見直さないとよくわからない、そんな気がした。

それからこの映画は終わりのクレジットが始まっても最後の最後まで見ること。本当に大事なことがあるので。それからこの映画には、端役だが日本人の俳優が3人出る。「まさか彼が」という感じなのでこれも楽しみに。

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コメント

「今まで見たことない」というか、カラックスのゴリ押し演出に圧倒されるまま見終わりました(笑)

エンドクレジット、日本人数名を発見したものの、顔と名前が一致しないまま忘却の彼方へ...
誰なんだろう?!?

投稿: onscreen | 2022年3月13日 (日) 08時58分

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