還暦になって:その(35)試験の記憶
会社員をしていた時は「試験」というものを全く忘れていたが、大学の教師になると毎年何度も試験をやり、入試をやる。そして採点を付ける。これは教師にとっては問題を作るのも採点をするのもきつい作業だが、試験を受ける側は真剣だ。特に入試で緊張した学生を見るとそう思う。
教師になったすぐは、入試の試験監督の際に後ろの席に座って本を読んだこともあったが、今はその気分にならない。受験生があまりに真面目なので、それではあまりに申し訳ないと思う。
試験監督をしながら考えたが、入試とか試験を自分が最後に受けた試験はいつだろうか。大学の教員になるのに試験はない。新聞社に入る時も32歳の時に誘われて転職したので、試験は受けていない。そうすると、最初の政府系機関の就職試験ということになる。
それはバイトに行くくらいの気分で受けたので、全く記憶がない。新聞の求人で見つけて3月の半ばに受けた。たぶん筆記と面接。人事課長から「合格です。4月から来てください」と電話がかかってきて「月、水は塾のバイトがあるので5時に出ても大丈夫ですよね」と聞いて驚かれた。
その前は大学院の入試か。早稲田の大学院の外国語でフランス語を選んだが、あまりできなかった記憶がある。それでも当時は受験者も少なく、なんとか通してもらった。面接で岩本先生と会話が弾んだのがよかったかもしれない。そこに通っていなかったら九州大学の仏文科の院に行くはずだったから、これは大きな違いだろう。
今思い出したが、大学生の時に考えていた夢は、地方の女子大などでフランス語を教えながらたまに地元紙に映画評を書く、というものだった。福岡に残っていたらそのようになったかもしれない。どちらがよかっただろうか。
そういえば、大学院に同期で入学した石坂くんと西村くんと私の3人は、今ではみんな大学の先生になってしまった。当時のことを考えると、人生、何が起こるかわからない、と思う。その前だとフランス留学から帰国直後の就職試験は、フジテレビと西武百貨店を受けて西武百貨店に内定をもらったが、行かなかった。このことはここに前に書いた(と思う)。
その前だとなんだろうか。フジサンケイグループがやっていた給費留学試験に3年生の時合格したが、これは筆記もあったはずだが面接でうまく行った記憶しかない。つまりは大学入試の後は、すべて面接で何とか切り抜けたことに、今になって気がついた。
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