『小原庄助さん』が身に沁みる
清水宏監督の映画は『有りがたうさん』(33)など、どうしても戦前の作品の方がその表現が先鋭的で好きだったが、先日『小原庄助さん』(49)を見直して、映画もいいけど「小原庄助さん」という存在自体が身に沁みた。
『小原庄助さん』は、会津に伝わる民謡「会津磐梯山」のなかに出てくる「小原庄助さん」から取られている。小原庄助さん自体は実在の人物ではなく、歌に出てくるだけ。この映画はその人物を主人公にするのではなく、あくまで小原庄助さんに比較される人物、杉本を描いている。
だから全くのオリジナルの脚本で、評論家時代からサイレント期の清水宏を「実写的精神」という表現で高く評価していた岸松雄が書いた。岸松雄は映画評論家に始まってある時期監督も目指したが、戦後は東宝で脚本家、プロデューサーとして活躍していた。
そして杉本を演じるのが戦前からの時代劇のスター、大河内伝次郎。かつてこの映画を見た時は、彼がどうもよくわからなかった。威張っているわけではないが態度は大きく、何を考えているかわからないように見えた。
ところが今回アマゾンプライムで見たら、「わかる、わかる」と快哉を叫んでしまった。朝から風呂に入り、酒を飲む。頼まれると断れずに金を出し、仲人も引き受ける。あまり気に入らない男(日守新一)の町長立候補の推薦まで引き受けてしまう。
妙なところで筋を通す。日守新一に料亭に連れて行かれるが立候補の応援を頼まれるとこっそり料亭の女将に会いに行って金は自分が払うという。買収は受け付けない。そして応援演説をするが、よく聞くとその男のことを皮肉っている。そして彼が当選した(後に選挙違反で落選)時には打ち上げに誘われても行かず、落ちた和尚と仲間を慰めて酒を飲む。
借金が溜まって家財道具を競売にするシーンが強烈だ。カメラは右から左にバカでかい家を何十メートルも移動してゆく。そうしてその先に妻(風見章子)とその兄がいて、競りの声を聞きながら「あの声を聞くと悲しくなる」という。あの移動撮影は、ひょっとして溝口健二の『祇園の姉妹』(1935)の冒頭の競売のシーンを再現したのではないか。こちらは左から右への大移動だった。
競売の後にすっからかんになった家に残ったのは本とロバ。本は本好きを家に集めて配り、ロバは子供たちに与える。そこへ若い泥棒がやってくる。たちどころに投げ倒すと、2人に酒を飲ませながら「2、3日早く来てたら少しは盗るものもあったのに」と言う。
そして決定的なラストシーン。主人公は感じとしては今の私と同じ歳くらいだが、何とも羨ましい。あんな人生を送ってみたい。
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