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2022年4月 6日 (水)

いまさら『㊙色情めす市場』に驚く

田中登監督の『㊙色情めす市場』がベネチア国際映画祭の期間外上映で5月に上映されることになり、デジタル修復版の内覧試写に出かけた。映画祭のHPを見ると、この上映は2月から5月までリド島ではなくサン・マルコ側の映画館「ロッシーニ」でやるもので、2月のオープニング作品は何とジャン・ルノワールの『ゲームの規則』(1936)。

それからカール・ドライヤーの『怒りの日』(1943)と巨匠監督が続く。上映は毎週木曜日の夜7時からで、すべてイタリア語字幕と解説付き。ピエル・パオロ・パゾリーニの『大きな鳥と小さな鳥』(1966)、ウィリアム・フリードキンの『フレンチ・コネクション』(1971)などを経て、『㊙色情めす市場』は5月12日に上映される。

そうわかっていると、イマジカの試写室(竹芝の快適な新試写室!)なのにベネチアでイタリア人と見ているような気分になる。彼らにはどう映るかを考えながら見た。私がこの映画を見たのはたぶん大学院生の時だから35年くらい前で、『四畳半襖の裏張り』や『恋人たちは濡れた』のような作品はよく覚えているのに、この映画の記憶はほぼないに等しい。

白石和彌監督の『凶悪』(2013)の試写を大学でやった時に彼がこの映画に触れたのでいつか見ようと思っていたが、今回見て正直、驚いた。まず、大阪の西成地区を撮ったドキュメンタリーのようだ。日雇い労働者がたむろし、ヤクザ風の男がうろうろする中を、主人公のトメ(芹明香)はワンピース姿でふらふらと彷徨う。あちこちから通天閣が見え、川の向こうに列車が走り、遠くに大阪城も見える。

彼女は自分で客を探すフリーの売春婦だが、軋轢も大きい。時には年上の娼婦(絵沢萠子)の世話になったりする。その関係で「若い女に代えてくれ」という客の注文で出かけたら、そこにいたのは母のよね(花柳幻舟)だった。トメの周りにはヘンな人々がいっぱい。まず障害のある弟は彼女を好きでしかたがないし、彼女も可愛がる。

妊娠した母は男の相手をしていると陣痛が始まり、その騒ぎでトメも部屋から出てくるが、母の相手の男は「110番やなくて119番や」と救急車を呼ぶ。指名手配のテロリストとしてポスターに写真のある男にそっくりの男となぜか何度も出会って、一緒に旅に出ようと誘われるがトメは大阪を離れられないと断る。芸術家風の長髪の若者(萩原朔美)は、金のためにやくざな男に自分の女(宮下順子)を差し出す。

終盤、長髪の若者は女の代わりにもらった空気人形を持って自分の女とヤクザを追いかけ、川べりの煉瓦小屋に追い込んで爆弾でもろとも死ぬ。それからカラーになって「真っ赤な太陽」が写り、バッハの無伴奏チェロと「王将」の歌が流れ、トメの弟は鶏を持って通天閣に登り、空から飛ばそうとする。

荒涼とした大阪の姿は、とてもこの近くで4年前に万博があったとは思えない。これは明らかに、テロリズムに向かった学生運動の終焉、高度成長と万博の後の日本人の心性を追求した映画である。弟は水俣病を思わせる。そして男に頼らず自分の力だけで大阪で生きようとするトメには、強い魂が宿っている。同時期に「鉛の時代」を経験したイタリア人には理解されるだろう。パゾリーニの『テオレマ』やベロッキオの『ポケットの中の握り拳』に繋がっているから。

残念なのはどうしても絡みのシーンがあることで、乱暴な男たちは「オラオラ」と娼婦をいたぶり、彼女たちは最後には嬉しそうな声を挙げる形をとる。この無理やりのシーンを見たら、ロカルノ映画祭で『恋人たちは濡れた』がそうだったように、観客の一部は最後まで見ないで出ていくだろう。でもよく見ると芹明香は投げやりで、まさに「こなしている」だけなのだが。ベネチアでの評価が楽しみ。

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