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2022年4月12日 (火)

「私ではない」と言う夢

だいたい朝方に夢を見るが、2日連続して「私ではない」と強く主張する夢を見た。2日とも「違うんです」と大声を挙げて目が覚めてしまった。昨日の夢はもう忘れてしまったが、今朝がたのは少し覚えている。

誰か若い人が私の書いた文章をめぐって「この時期としては極めて珍しく、先見の明がある」というようなことを述べた。その時期というのが昭和34年で私はまだ生まれていなかった。「それは人違いです」「きっと似た名前の人と混同しています」と大声で言った。

するとたぶん区役所の職員のような感じの人が「決まったことは決まったことですし」と言う。「きっと名前の漢字が違っているのでは」と私は主張し、「古賀」の代わりに「古関」としたり、「太」の代わりに「大」としたりして、スマホで検索した。あたり前だが一字違うと全然違う結果になる。

私が昭和34年に書いた文章は、どうも映画音楽に関わることのようだった。それを「朝日新聞」の1頁全部を使って綿密に書いたらしい。「よくこういうものを載せてくれましたね」と言われた。私は長年「朝日新聞」に勤めたが、もちろん1頁大の記事を書いたことはなかった。

それでも最初は自分は褒められていると思っていた。それが途中から「こんなことを書いて」とだんだん非難される感じになった。こうなると間違いを証明しないといけない。私は図書館に向かって歩き出した。私は自信満々だった。

図書館が出てきたのは、明らかに先日大学の図書館に行ったからだ。雑誌の取材があり、カメラマンを含む3人が撮影場所を探していたので、図書館に連れて行った。馴染みの受付に「中をちょっと見せるだけですから」と言って入ったが、しばらくすると外部の人は入館依頼書を書く必要があるとか、撮影には事前の許可が必要とか注意された。

別にもめた訳でもないし言われた通りにしたが、私が同行しているからいいじゃないかとは思った。そんなことが夢に反映されたのかどうか。それよりも何よりも、なぜ「私ではない」と主張する必要があったのか。私はいつも誤解されているという思いがあったのか。2日連続というのが怖い。また明日の朝にそんな夢を見たらどうしよう。

そんなことを考えてちょっと不安な還暦の中年である。そういえば、昔、パリ大学で博士論文を書こうと考えたことがある。その時に指導を希望するミシェル・マリ―教授に思いつきで話したテーマが映画音楽だったことを急に思い出した。

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