「イタリア式喜劇」をめぐって:その(1)
イタリアの映画史には「イタリア式喜劇」Commedia a l'italianaという言葉がある。これは単なる「イタリアの喜劇映画」ではない。1960年前後の空前の高度経済成長を背景に生まれた皮肉たっぷりの喜劇を指す。その代表的な監督はルイジ・コメンチーニ、マリオ・モニチェッリ、ディノ・リージの3人。
つまり、ロッセリーニでもデ・シーカでもヴィスコンティでもなく、アントニオーニ、フェリーニ、パゾリーニ、ベルトルッチも関係ない。日本では忘れられた監督たちだ。「イタリア式喜劇」の代表作は、モニチェッリの『いつもの見知らぬ男たち』(1958)や『戦争 はだかの兵隊』(59)、リージの『追い越し野郎』(62)や『怪物たち』(63)、コメンチーニ『みんな家に帰れ』(60)や『虎にまたがって』(61)など。
実は、このほとんどは日本で劇場公開さえされていない。たぶん『戦争 はだかの兵隊』と『追い越し野郎』だけではないか。これらの監督で日本で知られている作品は、モニチェッリの『明日に生きる』(63)、コメンチーニは『ブーベの恋人』(63)くらい。『明日に生きる』はキネ旬ベストテンで2位。今日本でDVDで見られるのは『ブーベの恋人』だけ。
今回必要があって、3人の映画のDVDをイタリアやフランスから取り寄せて見た。するとこれが抜群におもしろい。コメンチーニの『みんな家に帰れ』(Wikipediaでは「みんな帰ろう」という題があるのでテレビ放映されたか)は、1943年にイタリアが休戦条約を結び軍隊の解散後、帰宅命令の出た兵隊たちがドイツ兵、アメリカ兵、ファシスト、パルチザンたちに遭遇する混乱をユーモアを交えて描く。
主人公はアルベルト・ソルディで彼は部下3人と家に帰ろうとするが、戦争は終わったはずなのに、軍服を着ていたらドイツ兵が攻撃してきた。そこで平服を何とか手に入れるが、するとイタリア人のファシストが攻めて来る。彼らと何とか仲良くしようとすると、パルチザンに追い回される。ほとんど不条理劇のようで、何と最後には部下たちは全員殺される。
これに比べたら、『ブーベの恋人』はずいぶん甘く淡い恋の物語。こちらは1945年のイタリア解放直後が舞台で、クラウディア・カルディナーレが主人公のブーベで、亡くなったパルチザンだった兄の友人(ジョージ・チャキリス)との実らぬ恋をじっくりと見せる。
『明日に生きる』は、モニチェッリには珍しく社会派の作品で、19世紀末のトリノの労働運動を描く。その応援に来る教授役のマストロヤンニが間が抜けていてコミカルな以外は、労働者たちの必死の戦いを描く群像劇だ。モニチェッリの『いつもの見知らぬ男たち』や『戦争 はだかの兵隊』の両方に出ているヴィットリオ・ガスマンの野放図なふざけ具合とは大違い。
ガスマンの底抜けの明るさを見ていると、植木等のようだ。『追い越し野郎』のトランティニャンとのやり取りには大笑いするしかない。しかし「イタリア式喜劇」はタガがはずれた先に闇があって、ハッピーエンドにはならない。『追い越し野郎』の最後にトランティニャンは死んでしまう。摩訶不思議な魅力の「イタリア式喜劇」についてはまた書きたい。
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