「会ったことがある」映画監督
先日、大学の同僚から「古賀さん、ゴダールに会ったことはありますか」と聞かれた。答えは「遠くから見たことはあります」。記者会見や舞台挨拶で見たことはあるが、話したことはない。実際に話したことがある監督も何人かはいる。
イタリア映画祭をやっていたのでイタリアの監督が一番多いけれど、ベルナルド・ベルトルッチやタヴィアーニ兄弟とは話したことがある。しかしこれは「イタリア映画大回顧」のカタログのためのインタビューなので、もちろん先方は覚えていない。日刊紙の映画記者ならば世界中の監督にインタビューするだろうが、監督の方は来日して毎日7、8人に会うから記憶にはあるまい。
インタビューではなくて夕食を共にしても、相手が覚えているかは確かではない。アレクサンドル・ソクーロフ監督は彼が食べたいというフランス料理やイタリア料理の店に行き自宅でも夕食をご馳走したが、それから20年後くらいにベネチア国際映画祭で挨拶したら相手は覚えていない風だった。
ホウ・シャオシェン監督は日本で撮った『珈琲時光』の製作に参加したので何度も会っている。一緒に食事をしたり、お茶を飲んだり、ベネチアまで同行した。けれど数年後に会って頭を下げたらニコリとはされたけれど誰だかわからない風だった。
台湾ではエドワード・ヤン監督の印象がいい。東京国際映画祭のクロージング上映の時に蓮實重彦さんに紹介されて握手をしただけだが、翌年のロカルノ国際映画祭のパーティーで「こんにちは」と声をかけたら、「あなたは覚えています、渋谷で会いましたね」と言われた。さすがに紹介する人がすごいとそうなるのか。
食事を共にしたのはマノエル・ド・オリヴェイラ、ビクトル・エリセ、テオ・アンゲロプロス、ジャ・ジャンクー、マルコ・ベロッキオ、ヴィタリ・カネフスキー、フォルカー・シューレンドルフなどがいるが、みんな覚えていないだろう。エリセに至っては溝口健二没後50年の国際シンポジウムでマドリッドまで交渉に行き、東京でも3、4回食事をしたが、数年後に来日した時に「初めまして」と言われた。
ほんの一言挨拶をしただけなら、クシシュトフ・キェシロフスキ、フレデリック・ワイズマン、レオス・カラックス、ヴィム・ヴェンダース、ダニエル・シュミット、アニエス・ヴァルダあたりか。もちろん相手の記憶にはないはず。
2018年のベネチア国際映画祭で、エクセルシオール・ホテルのビーチに面したテラスで昼食を取っていたら、隣のテーブルに最初のイタリア映画祭で来日したマリオ・マルトーネ監督夫妻がいた。挨拶すべきか迷ったが、食事を終えて帰り際に「日本の古賀といいます。前に東京でお会いしました。今回のコンペ作品を楽しみにしています」と声をかけた。
すると「もちろん知っています」と、すらすらと私のフルネームを言った。「あなたの家に行きましたね。あの時はありがとう」と言われた。マルトーネは日本では知られていないが、イタリアでは新作は必ずベネチアのコンペに出るし演劇やオペラの演出でも有名だ。東京にも新国立劇場の『マクベス』の演出で来た。そんな彼が覚えてくれていた時は、ちょっと嬉しかった。
映画の周辺でウロウロしているうちに還暦になったが、偉大なる巨匠たちの記憶の片隅に残っていたら嬉しい。
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