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2022年4月 2日 (土)

『コーダ あいのうた』を今頃見る

1月に公開されたシアン・ヘダー監督の『コーダ あいのうた』を今頃になって見た。アカデミー賞の作品賞を取ったし、よかったという学生もいたので。見て驚いた。最近では珍しいくらい、単純で爽やかで泣ける青春映画だったから。

ルビーの両親と兄には聴覚に障害があるが、彼女だけは普通で音楽が大好きな高校生。毎朝、父と兄の漁業を手伝ってから高校に行き、放課後はコーラス部に通っている。ところがある日、コーラス部の顧問が彼女に才能を見出し、バークリー音楽大学への進学を勧める。

一方、両親と兄は魚の仲買人の搾取に反発して自ら販売をしようと企てる。手話通訳もやるルビーの存在は不可欠で、彼女も次第に音楽大学を諦め始める。ところが高校のコーラス部の発表会に出かけた両親と兄は聞こえないながらも彼女の才能を確信し、最後の最後に大学を勧める。そして受験して合格し、大学に行くところで終わる。

ほとんど非現実的なほどルビーの性格は前向きで、とにかく頑張り抜く。しかし家族への情は厚い。家族もみんな性格がよく、曲がったことが嫌い、といい人ばかり。ルビーには一緒に顧問からコーラスの特訓を受ける若者もいて、次第に恋仲に。

大きなポイントが2つ。1つは合唱の発表会のシーンであえて2、3分音を消す。見に来たルビーの家族の視点になったところで、「音がない世界」を映画の観客も味わう。さらに入試の実技では、家族はこっそり試験会場に忍び込み、2階でルビーの歌を聞く。それを見たルビーは手話を交えて家族のために全力で歌う。

ルビーを演じたエミリア・ジョーンズ以外の3人の家族を演じたのは、実際に聴覚の障害のある俳優という。魚を引き上げて海岸で箱に収めるシーンや仲買人とのやり取りなど、細部もきちんと見せている。それにしてもわかりやすい。これならば、私の亡くなった母親が見ても泣くだろう。作品の質が低いわけではないが、要するに誰でもわかる映画。

この映画とたぶん『ドリームプラン』(未見)を中学レベルとすると、アカデミー賞作品賞ノミネートでは『ウエスト・サイド・ストーリー』や『ナイトメア・アリー』は高校レベル、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』や『ベルファスト』(未見)や『ドライブ・マイ・カー』は大学レベル。アカデミー賞と関係ないが、たぶんアビチャッポンの『MEMORIAメモリア』は大学院レベル。

これはもちろん実際の高校生や大学生のレベルではなく、教える内容の高度さで比べた印象だが。もちろん誰にでもわかる映画は必要で、それがないと映画産業全体が倒れてしまう。しかしみんなにはわかってもらえなくても、冒険する映画がないとおもしろくない。

実は終わりで泣いてしまった後で、こんなことを考えた。もう一つ、PC(政治的正しさ)に悩まされているアカデミー賞としては、聴覚障害をメインのテーマにするこの映画はピッタリだったのだろう。この映画はフランス映画『エール!』のリメイクでこちらにもフランスの映画会社パテがお金を出しているようで、最初にロゴが出たのにもびっくり。

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コメント

この映画ならではの工夫が散見され、これはこれで面白かったです!

投稿: onscreen | 2022年4月17日 (日) 07時30分

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