尾形敏朗『小津安二郎 晩秋の味』に唸る
筆者の尾形敏朗さんは面識はあるが、親しくはない。私より5歳上で、博報堂に定年まで勤めたらしい。彼の書いた『小津安二郎 晩秋の味』がなかなかおもしろかった。小津についての本は多いので今さら書くことがあるかと思っていたが、こういう書き方があったのかと唸った。
筆者は最初に書いている。「特に戦後から晩年にかけて、老境とか枯淡といった言葉がよく使われる小津の内面について考えてみる。前提は神格化よりも人間化である」。つまりは小津の晩年の生活や行動や考えが、その作品にどう反映されたかを細かく見てゆく内容だ。
結論から書くと「あとがき」に書かれているように「本稿のポイントを一言でいえば「従軍体験と山中貞雄、この二つの影を背負って、小津は戦後を生きた」ということになろうか」。このうち若くして亡くなった山中貞雄監督の影の部分が何とも痛ましく、読んでいて心を打つ。
小津の遺作『秋刀魚の味』には、秋刀魚は出てこない。なぜこの題名なのかについて、まず小津本人は「サンマは安くてうまいからね」などととぼけるが、実は『蓼科日記』を読むと小津と共同脚本の野田高梧はよく秋刀魚を食べていることがわかる。さらに小津が好んだ佐藤春夫の詩に「秋刀魚苦いか塩っぱいか」があることを突き止め、『小津安二郎の謎』という劇画で小津が「あれを山中貞雄と唱和したことがある」と話すことを示す。
そして稲垣浩の本で、小津と山中が芥川龍之介の文章や佐藤春夫の「さんまのうた」を口ずさむ場面を引く。あるいは当時の小津の日記で秋刀魚を食べる箇所を引く。撮影の宮川一夫は「山中さんと小津さんは、お互いの映画を見て気に入ったんでしょうが、それはとりもなおさずお互いの人間性にひかれ合ったのだと思います」
さらに『秋刀魚の味』で笠智衆をバーに誘う海軍時代の部下、加東大介の話になる。加東は山中の『人情紙風船』を始めとして3本に出ており、山中の出征を見送っている。小津も他社(東宝)の山中を3本に出す。「加東出演へのこだわりは山中貞雄ゆかりの俳優という意味があったのではないか」。さらに『秋刀魚の味』に出る岩下志麻は『人情紙風船』の河原崎しづ江の姪。何より、原節子は山中が『河内山宗俊』で世に出した。
小津の映画では葉鶏頭がよく出る。『東京物語』の母が死んだ後の尾道の家の庭。『浮草』で中村雁治郎が愛人の杉村春子を訪ねる料亭の庭。『小早川家の秋』の家の縁側。そして小津は山中の1周忌に、山中が召集の報告に来た時に葉鶏頭を「ええ花植えたのう」と褒めたことを書いている。「「山中がし残したことをいつか自分がやりとげる」……それを心に刻むように小津は、まっすぐに茎をのばした葉鶏頭を画面に咲かせていた」
私もこれらの映画はもちろん見ているが、実は葉鶏頭を覚えていない。この本は画面の細部を多くの資料に照らし合わせてゆく、地道な作業の集積だ。山中についてもほかにも書かれているが、今日はここまで。
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