結局、イタリア映画祭に行く:その(2)
前に書いたようにベロッキオ監督の『マルクスは待ってくれる』は実に興味深かったが、マリオ・マルトーネ監督の『笑いの王』はまぎれもない傑作だと思った。20世紀初頭のナポリの喜劇王、エドゥアルド・スカルペッタの日々を描いたものだが、彼を演じたのはトニ・セルヴィッロ。
監督のマリオ・マルトーネもスカルペッタを演じたト二・セルヴィッロもナポリ出身で共に演劇でキャリアを始めており、80年代には一緒に劇団をやっていたこともある。そんなナポリの舞台を知り尽くした絶妙のコンビが作り出す喜劇王の姿は、本物の持つ芳醇な香りがした。
冒頭、大入り満員のスカルペッタの興行が出てくる。彼が舞台に出てくるだけで満員の客席は盛り上がり、動作や言葉の一つ一つに反応する。その濃厚な画面を見ているだけで嬉しくなる。パスタを入れた大きな皿がテーブルに出され、みんなは手づかみで食べる。しまいにはスカルペッタはテーブルの上に乗り、食べながらポケットにもしまう。
20世紀初頭のナポリで、庶民たちが通りの出店でパスタを手で食べている様子の写真を見たことがある。まさにそんな感じのシーンだ。スカルペッタには子供が3人いて、息子は舞台に出ている。妻の姪にも手を出して、そこにも子供が3人。スカルペッタは彼らも舞台に出す。さらに女中にも子供が生まれるが、これも彼の子かも。
子供たちの反発や姪の嫉妬もあるが、それでも幸せな日々が続く。高台に建てた大きな館で娘の誕生日を盛大に祝う。ところがダヌンツィオの小説のパロディを舞台にしたところ、役者が台詞をうろ覚えだったこともあり、失敗に終わる。それを見たナポリのダヌンツィオ一派は騒ぎ出し、最終的に作家協会から盗作で訴えられることになる。
裁判は最初は不利だったが、ある哲学者が援護し、最終弁論ではスカルペッタが大演説を振るい、傍聴人も裁判官も魅了してしまう。結局、イタリア初のパロディを認める判決が出て万々歳。このラストのシーンには涙が出てしまった。それにしてもときおり流れるナポリ民謡も含めて、何とも豊穣なナポリの民衆文化が随所に感じられる作品だった。私にとってはこの監督の最高傑作。
映画祭カタログによれば、ナポリの道化師では「プルチネッラ」が有名だが、これが後継者がおらず、スカルペッタが生み出した「ショシャンモッカ」というキャラクターがその後栄えたようだ。これについてはもっと知りたい。田之倉稔さんの本を探してみよう。
ピエルフランチェスコ・ディリベルト監督の『そして私たちは愚か者のように見過ごしてきた』もついでに見た。AIに支配された近未来を描いたものだが、最初から随所にカリカチュア的な笑いを挟み込む演出に飽きてしまった。それでも最後まで破綻がないのはよくできているとも言えるけれど。ちなみに主人公が会社をクビになって勤める宅配業者は「Fuuber」=フーバーで、まさにウーバー。
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