『映画はアリスから始まった』のおもしろさ
7月22日に公開のパメラ・B・グリーン監督のドキュメンタリー『映画はアリスから始まった』を試写で見た。原題はBe Natural: The Untold Story of Alice Guy-Blacheである。Be Natural=「自然であれ」は、この映画の主人公、アリス・ギーが作った撮影スタジオの入口に掲げられていた言葉であることが、映画の中に出てくる。
アリス・ギーはサイレント期に活躍した世界初の女性監督だが、この映画は彼女のことを「聞いたことがない」「名前は聞いたけど見たことがない」と監督や評論家や研究者が口々に話すシーンから始まる。確かに映画初期の監督としては、ジョルジュ・メリエスやエドウィン・ポーターほどには知られていない。しかし大学で映画を教えている私には、馴染みの監督だった。
毎年1年生の向けの授業で主要作品を上映しているし、2013年に学生企画の「新・女性映画祭」では「アリス・ギー秀作選」と銘打って10本強をまとめて90分ほどにして上映している。その際にはフランスで出ているDVDを4時間ほど学生と一緒に見て選んだ。そのうえでゴーモン社のアーカイブと交渉をした。
このセレクションはその後アンスティチュ東京でも上映されたから、今回のドキュメンタリーは2018年に作られた映画なのに「知られざる監督」という感じの出だしには少し違和感があった。しかしこの映画は、監督があらゆる知り合いを手繰りに手繰って調査し、私が全く知らないアリス・ギーの姿を見せてくれた。
アリス・ギ―は、1907年34歳の時、イギリス人のハーバート・ブラシェと結婚してゴーモン社のニューヨーク支店長になった彼に付いていった。相手が9歳下だとは知らなかったし、彼らがゴーモンを離れて自分たちの映画会社Solaxを作り、アリス・ギーが監督として活躍していた頃に、夫は別れて別の女とハリウッドに行ったことも知らなかった。
アリス・ギーはフランスに帰り、58年と63年にインタビューに答えている。これは見たことがなかったので貴重だった。さらに映画史家による音声のみのインタビューもあった。もっとすばらしかったのは、晩年の彼女が娘と一緒にいる姿の映像があったこと。生前には自分が監督した作品のクレジットもきちんと認められなかったが、とりあえず娘と幸せそうにしていた。
彼女が生前に忘れ去られていたのは、ちょうどフランスを留守にしていた間に初めての映画史が何冊か書かれたことが大きいだろう。ジョルジュ・サドゥールのような映画史家の大物も、彼女の功績を認めなかった。そこには明らかに女性蔑視があったと、この映画を見て思った。
残念だったのは、膨大な数の細切れのインタビューを入れ過ぎて、彼女の作品自体があまり出てこないことか。『フェミニズムの結果』などはもっと長く見せて欲しかった。いずれにせよ、アリス・ギーを全く知らない大半の日本人にとっては、この映画はいい導入となるのではないか。将来的に彼女の秀作選が公開され、DVDとなることを期待したい。
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