« 人間ドックに考える | トップページ | 『映画はアリスから始まった』のおもしろさ »

2022年6月12日 (日)

京都で見る鏑木清方

関西の出張では新しい美術館に2つ行ったが、その一方でいくつか馴染みの場所にも行った。観光地は清水寺と三十三間堂。この2つは私にとってなぜか京都の原点に近い。高校2年生の時に1人で京都旅行をして、最初に行った場所だからかもしれない。

清水寺に久しぶりに行くと、小津安二郎監督の『晩春』の京都旅行を思い出した。手前の「清水の舞台」から向こうにいるおじさんに「おじさまー」と声を挙げて手を振る原節子。現実の清水寺に原節子や笠智衆がダブってしまう。

三十三間堂はたぶん10年ぶりくらいで、昔は千体並ぶ千手観音立像に目を奪われたが、今回はその手前に並ぶ風神雷神などの大きな彫刻が迫ってきた。恐ろしい形相の神が多いが、中には琵琶を持つ音楽の神もいたことに今回初めて気づいた。

私はそのすぐ横の「京都パークホテル」がお気に入りで昔何回も泊まったが、今は「ハイアットリージェンシー京都」に代わっていた。外からは前よりもゴージャスな感じがしたが、中はどうだろうか。

これまで何度も行った京都国立近代美術館では、東京で2度見た「鏑木清方展」を見た。東京でもらった作品リストに「京都会場のみ出品」が12点も挙げられていたから気になった。実際はそのうち5点は後半の会期の出品で見ることはできなかったが。

それでも《築地明石町》《新富町》《浜町河岸》3部作の下絵が京都のみ公開で、これはよかった。これらは鎌倉の鏑木清方記念美術館所蔵だが、そこでは見たことがない。おおむね、下絵で細かく描かれた背景は、完成作ではぼやかしたり、消したりしている。例えば《新富町》は下絵では芸者が乗る人力車がすぐ隣に車輪まで細かく描かれているが、本絵では全く消滅している。

下絵はいろいろ思いつくものを描き込んで、本番は色彩を使って鮮やかに攻める。その結果、余計な部分は取り除かれてゆく。そんな絵の過程を見る感じがした。初期の《秋宵》や《深沙大王》も鏑木清方記念館蔵で京都のみ出品。これらの初期作品は挿絵画家として出発した鏑木清方らしく、細かくロマンチックにかつノスタルジックに仕上げられていた。

東京で見た作品も、別の会場だと違って見えておもしろい。全体に軽やかな印象を持ったのは、槇文彦氏の美術館建築のせいかもしれない。それを見終わったら、国立映画アーカイブで見損ねた「MONDO 映画ポスターアートの最前線」をやっていたので、少しだけ見た。MONDOはアメリカのテキサスのポスター制作集団のようだ。

映画の宣伝とは関係なく、好きな映画のポスターを自由に作り、それを売っているようだ。『未知との遭遇』とか『ゴジラ』とか面白過ぎる。時間がなかったのでゆっくり見られなかったが、10頁ほどの大判のリーフレットをもらったので満足。

美術館を出て、京都大学まで歩いたが、今回思ったのは京都が水の都であること。鴨川だけでなく、平安神宮の周囲などあちこちに水があった。2年半ぶりに旅行すると、すべてが美しく見える。

|

« 人間ドックに考える | トップページ | 『映画はアリスから始まった』のおもしろさ »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

京都、いいですね。三十三間堂、清水寺、南禅寺、永観堂、哲学の道、銀閣寺、など、好きです。
だいぶ前ですが、一人で歩いていて、若い女の子が歩いていくのにふらふらついてったら、京都女子大、およびその付属に行く道で、「やばっ」と思い、さっさと通り過ぎようとしたら、行き止まりで、Uターンして帰ってきたけど、ちょっと恥ずかしかったです。

投稿: jun | 2022年6月12日 (日) 20時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 人間ドックに考える | トップページ | 『映画はアリスから始まった』のおもしろさ »