留学生と見る日本映画:その(4)
『ひろしま』(1953)について発表した中国人学生は、NHKで2019年8月に放映したETV特集「忘れられた”ひろしま”~8万8千人が演じたあの日」という番組にも触れた。ネットで見られるという。リンクをもらって後で見ると、中学生や高校生であの映画にエキストラとして参加した人たちのインタビューがあって驚いた。
このあたりの調査力はさすがにNHKで、中学生で出た女性は周りからは「あの映画に出るとはアカだ」「将来に差し支える」と言われたらしい。彼女はそれでも出るべきだと思ったという。映画で、みんなが熱いと太田川をめざして歩き、川の中で先生役の月丘夢路に手を引かれる少女だった。
ある老人は、高校生で映画に参加した後に左翼の運動に利用された気がして嫌になり、わざわざ原爆と関係のない山口県の高校に転校したという。それから60歳までは一切原爆のことは話さなかった。定年になってから、自分も原爆について話すべきだと思ったらしい。
この映画は日教組=日本教職員組合が製作している。このことも留学生を驚かせたが、私は日教組がかつて組織率が9割近く大きな力を持って文部省といつも対立していたことを説明した。今は日本共産党が離れたこともあり、2割程度。
原作は1951年に岩波書店から出た『原爆の子』である。広島文理大学(後の広島大学)教授の永田新が小学生から大学生に原爆のことを書かせた文章を集めたもので、もともと日教組は新藤兼人監督による同名の映画に出資しようとしていた。ところが新藤監督の脚本が気に入らず断り、関川秀雄監督の方に乗った。
この映画は月丘夢路、山田五十鈴、岡田英次といったスターが手弁当で参加しているが、一番迫力があるのは原爆投下後の地獄絵図の再現で30分強もある。これは日教組の声掛けのもとに、市民が当時の衣服を持ち込んで参加して8年前を再現したという。NHKの特番によれば8万8千人。
ある留学生は「今だったらPDSTとか二次被害と言われますね」。確かに8年前の原爆を覚えていたり、親族を亡くした子供たちにそれを再現させるなんて、今ではちょっと考えにくい。当時は「原爆の悲惨さを伝えるため」という使命が、そんな配慮や心配をかき消したのだろうか。ラストに原爆ドームを目指して何万人という市民が集まるシーンが圧巻でこれはニュース映像かと思ったら、この映画に出たいという被災者たちの欲求から加えたとNHKでは説明していた。
実はこの映画を見て私が驚いたのは、原爆後の惨劇のシーンがアラン・レネ監督の『二十四時間の情事』(ヒロシマ・モナムール)で3分ほど使われていたこと。ラストの群衆のシーンも出てくるが、映画にはクレジットはない。そもそも主演の岡田英次は『ひろしま』にも出ているので、いよいよ気になる。授業ではレネの映画も一部見せたが、この「引用」は今ではあまり語られない気がする。
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