尾形敏朗『小津安二郎 晩秋の味』についてもう一度
尾形敏朗氏の『小津安二郎 晩秋の味』がおもしろかったので、もう一度書く。この本によれば小津は61年の日記の初頭に「▲酒はほどほど 仕事もほどほど 余命いくばくもなしと知るべし ▲酒は緩慢なる自殺と知るべし」と記した。
「「晩春」では娘の結婚話に父の再婚話が並走したが「秋刀魚の味」では追わない。61年「秋公開の「小早川家の秋」のラスト、火葬場の鳥のショットに死の影が濃く現れていたのに続き、「秋刀魚の味」も晩年を前提にした人生観照と見ていいだろう。一作ごとに、ラスト・ムービーの気持ちが強くなっていたのかもしれない」
『秋刀魚の味』にはバーで平山(笠智衆)がかつての戦艦の部下、坂本(加東大介)と軍艦マーチを聞くシーンがある。「平山は坂本の背後に英霊となった乗員たちの姿をも見ていたに違いない」。『父ありき』の最後には「海ゆかば」が流れる(ロシア発掘オリジナル版)。「「海ゆかば」も「軍艦マーチ」も、軍歌や行進曲の勇壮さは、無数の死者を引き換えにしている」
『晩春』には周吉(笠智衆)が結婚直前の紀子(原節子)と京都旅行に行き、「このままお父さんといたいの」と言う紀子に対して「お父さんには関係のないことなんだ。それが人間生活の歴史の順序というものだよ」と言う。「人間生活の歴史の順序」とはヘンな日本語だと私は思うが、尾形氏はこの言葉にこだわる。
「周吉と紀子の年齢は、野田(脚本家)と長女・玲子と同じにしている。……そんな私小説的気分にも支えられて描こうとした敗戦四年後の「清澄にして美しき世界」とは「人間生活の歴史の順序」に寄り添った世界であったろう。その順序を狂わせ分断したのが戦争である」「歴史の順序を回復させる基本手段は、次世代につなげる結婚である」
尾形氏は老け役の笠智衆を「小津が扮装したニセ老人か」と書く。「前の夜も「……お父さんのこと、あたしとてもいやだったんだけど」と紀子が反省と和解の言葉を切りだしても、周吉はすぐにイビキをかいてしまう。わたしはフリだと思う」「修行僧が、連日、女の姿で妖しく誘惑してくる物の怪を、念仏唱えてはねのける感じで、周吉の意志は固い」
笠智衆が晩年の小津の姿だったとは。『麦秋』では縁談を持ってきた紀子の上司・佐竹(佐野周二)は「おれだったらどうだい」と言った後に窓際に行く佐竹に後ろ姿で腰を叩かせるのは「紀子が結婚する相手と自分との重なりをやんわり避けている。自身の<遅い結婚>への遠慮なり、あきらめを表明しているのだろうか」
『麦秋』の最後で奈良に行った周吉夫妻は「欲を言やあきりがない」「ほんとうにしあわせでした」と言い、『東京物語』でも両親は同じことを言う。「小津の戦争体験が生んだ<肯定的精神>が周吉たちに目の前にある現実を「欲言や切りやにゃあが、まあええ方じゃよ」とあきらめまじりで受け入れさせている」
小津には戦後、芸者の森栄と戦争未亡人の2人と関係があったというのは高橋治の『絢爛たる影絵ー小津安二郎』に出てくる。「「月は上がりぬ」から「晩春」の間で、結婚というものが小津自身から次世代の問題に移り、みずからは一気に<駆け足にも似た老成>を進めていったということだ」
これは著者が本の冒頭に書いているが、60歳で亡くなった小津の年を越しても「いまだ小津の境地にほど遠く、軽くて恥ずかしい」。還暦になった私も思う。どうしてこれほどに老成しているのか。戦争を経験した世代特有なのか、小津だけに当てはまることなのか。「人間生活の歴史の順序」という言葉を噛みしめている。
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