いまさらながら『しとやかな獣』に驚く
もう5、6回は見ているはずだが、川島雄三の『しとやかな獣』(1962)を学生と見て、いまさらながらそのアナーキーな世界観に驚いた。もちろん若尾文子演じる芸能事務所の事務員が男たちを手玉に取って旅館まで立ててしまうさまは、溝口健二の遺作『赤線地帯』にそっくりで凄まじいが、それ以上に映画全体に怪しさが溢れている。
映画はほとんどが晴海団地の一室で展開する。そこには飛行機の爆音、船の汽笛、列車の音、雨音、赤ん坊の泣き声などありとあらゆる音が聞こえてくる。さらに時おり能や狂言の囃子が鳴る。東京オリンピックの直前で日本が高度成長期に向かい、すべてが「普請中」(鴎外)の時代であり、古いものと新しいものが混在している。
その一家の父親・前田(伊藤雄之助)は元海軍中将だが、自分で「武士の商法」と自嘲するくらい何をやってもうまくいかない。今は友人が作った自衛隊に納品する生理用品(つまりコンドーム)の会社に出資して儲けようと企んでいるのだから、まさに帝国軍人のなれの果てだ。
そもそも晴海のアパート自体が、娘を有名作家・吉沢(山茶花求)の愛人にして娘用に買ってもらったものであり、そこに妻と息子と住んでいる。娘には別のアパートが与えられているが、彼女は晴海とそのアパートを行き来する。
アパートの二間のうち一つは洋間でソファやテレビがあり、吉沢が買ったルノワールの絵(後で偽物と判明)がかかっている。だが来客があるとそれらはもう1方の和室に隠す。戸棚には大量の舶来ウィスキーや缶詰、トイレットペーパーなどが押し込められている。
金があるのかないのかわからないが、両親は働かず、娘は愛人として吉沢に金をせびり、息子は芸能事務所のお金を横領して一部を親に渡している。ある時父親が昔を思い出し、妻や子供に「雨漏りのする家で雑炊ばかり食べていた時代に戻りたくない」と言うと、珍しく画面全体を沈黙が支配する。
サンフランシスコ講和条約が発効して10年、朝鮮戦争を経て「所得倍増計画」が打ち上げられて日本がオリンピックに向かう最中に、これほど冷めた目でその虚構を見せた映画があっただろうか。最後に晴海団地が外から写るショットがある。なぜか手前には破れた金網があり、その向こうの何もない荒野の先に5、6棟の6階建てほどの団地が建つ。「これが日本の実態だ」と言わんばかりに。
ほとんどが団地の中で、団地から見る光景が数カット、最後に団地を遠くから見るカットがあるだけで、一般の人々も街並みもオフィスも何も出てこないが、1962年末の日本が見えてくる。
川島雄三監督はこの作品に自信があったが、正月映画としては最低の成績だったという。
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