都写美のコレクションを楽しむ
久しぶりに恵比寿の東京都写真美術館に出かけた。「TOPコレクション メメント・モリと写真―死は何を照らし出すのか」の広告をどこかで見て気になったから。お葬式がそうであるように、死と写真は切っても切り離せないものだ。
この美術館の入口は恵比寿ガーデンプレイスの右奥にあるが、あの広い広場からも入口が見えないようにできている。かつてフランスのポンピドゥー・センターの写真担当学芸員は「わざと人が来ないように作ったのでは」と笑っていた。今は三越が閉じ、映画館も休業中で全体に寂れた感じになった。
それはさておき、入口で自動ドアから入ろうとすると「手の消毒をお願いします!」と大声で言われた。たぶんその声の方が危ないと思ったが、何も言わなかった。3階の展示室に行こうとしてエレベーターに乗ると、私以外にカップルと女性3人が続いた。すると「4人以上は乗らないでください」と大声を挙げながら女性が走ってきた。彼女は閉まりかけたエレベーターをこじ開けて、3人を降ろさせた。
そもそも美術館の1階には正面入り口と裏口に1名ずつ、受付に2名、それから責任者のような男性が1名の計5名もいた。外注なのだろうが、あんなに必要なのだろうか。1994年にできた頃は高齢者を雇って、呑気でいい感じだったのだが。
さて「メメント・モリ」展は、会場に入ると若者が多いのに驚いた。ひょっとして感染症の流行で、みんな「死」を身近に感じているのだろうか。展覧会の冒頭にはハンス・ホルバイン(子)の木版画「死の像」シリーズが25点もあってこれにもびっくり。これはもちろんここの所蔵ではなく、国立西洋美術館から借りている。
解説によれば、死と骸骨のモチーフが結びついて世界的に広がるのは、16世紀のこの作品あたりかららしい。確かに《金持》では、金持がテーブルに広げた金貨を骸骨が奪いに来た場面で、金持は両手を広げて驚いている。《国王》は偉そうに威張っている国王の近くに骸骨の頭が置いてあり、家来の兵にも骸骨がいる。この骸骨シリーズは「死の舞踏」と呼んだはずだが、最近は「死の像」になったのだろうか。
そしていきなり20世紀の写真になる。ユージン・スミスやロバート・キャパの第二次世界大戦の写真が並ぶ。あるいは澤田教一のベトナム戦争の写真、さらにはセバスチャン・サルガドの労働者たちの写真。何でもありだ。
そんな中で一番ぴったりだと思ったのは、ウジェーヌ・アジェが1900年前後の無人のパリを撮った写真群。これはまさに「死」以外の何物でもない。ベンヤミンのアジェ論を読みたくなった。
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