『あなたの顔の前に』の衝撃
ホン・サンスの映画はおもしろいが、どこか物足りない、いつも同じだし、というのが私の印象だった。ところが新作『あなたの顔の前に』は違った。見終わった後に軽い衝撃が走り、それが何日も頭のどこかに残ってだんだん大きくなる感じなのだ。
このブログは世間の言う「ネタバレ」はあまり気にしていない。映画はネタではない、というのが長年の主張だから。それでも試写で見て公開前に書く時は少しは遠慮する。しかしこの映画は公開してしばらくたつし、これを書かないと文章が成り立たないのであえてネタバレを書く。それが嫌な人は見た後にどうぞ。
中年女性が朝起きて神への祈りを始める。ジョンオク(イ・ヘヨン)は妹の家で目覚めたのだった。二人でオープンカフェや公園に行き、爽やかな朝を過ごす。妹の息子が経営する食堂に行き、その嫁とも会う。そして甥もやってきた。ジョンオクは元女優で、長年アメリカに住んでいたようだ。彼女に声をかける人もいた。
ジョンオクは昔住んでいた家も訪ねて感慨にふける。それから映画監督と会う予定だったが、監督からの留守番電話で場所が変わり、時間も遅くなったことを知る。ようやく監督に会うと、1年後に彼女を主演に映画を撮りたいと提案される。ジュンオクはしばらくたってから、自分の命はそれまでもたないことをポツリと述べる。
この瞬間、すべてが変わる。ジュンオクの神への依存も、妹や甥の彼女への優しさも、思い出の地をめぐる彼女の行動も、知らない少女に示す彼女の愛情も、これまでの行動に納得がいく。監督はその言葉を聞いて「では明日から短編を撮ろう」と言い出す。そしてジュンオクとの会話は、次第に恋人同士のようなものに変ってゆく。
翌朝、監督からあるメッセージがはいる(この中身はさすがに書かない)。それを聞いて大声で笑い出すジュンオクが抜群にいい。この突き抜けたような笑いを楽しんでいるうちに映画は終わった。そうしてそこからまた映画の中身を振り返る。余命僅かとなった時に、人間はどんな行動を取るのか。ホン・サンス監督は初めて「死」を正面から捉えた。
ホン・サンスのユーモアが苦手な人も、今回は見た方がいい。今回は監督のパートナーであるキム・ミニ演じる若い女性にインテリ男性(監督や作家や教授)が振り回される話ではないので。
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