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2022年7月23日 (土)

安倍氏国葬とは

安倍元首相を9月27日に国葬にすると「閣議決定」したという。亡くなった直後から自民党の保守派議員が「国葬」と言い出したが、ありえないと思っていた。ところが数日前に岸田首相が閣議決定で国葬に決めたと発表した時は、本当にびっくりした。岸田氏は万事穏当でこんなとんでもないことはしないと思っていたから。

元首相の国葬は1967年の吉田茂以来という。吉田茂といえば日本史の登場人物で、あのアベさんがそれと一緒かよと思った。私は1960年代初めの生まれだが、それ以降でももっとマシな首相は一杯いたと思う。

私が首相として最初に記憶したのは佐藤栄作。1972年6月の私の誕生日から数日後、生放送されていた記者会見で「新聞記者は出てください」「直接国民に話したい」とテレビカメラに向かって退任の表明をした。私は何と高圧的な男かと思った。

小学校高学年の私はあさま山荘や連合赤軍の事件のせいで、その頃はニュースが一番の好物だった。そうしたらあのギョロ目の佐藤さんが出てきて威張り出すからびっくりした。

その後に出てきたのが田中角栄で、小学校卒とか元土建屋とかの略歴とあのだみ声の話し方で魅了されてしまった。彼がロッキードで退陣した後も、私は田中角栄関連の本は石原慎太郎の気の抜けた小説も含めて全部読むくらい好きだった。その後の三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸、中曾根康弘まで行っても、やはり角栄にはかなわなかった。

このなかで中曾根は右派的な発言が多くて嫌いだったが、それでも論理的で明晰だった。この頃まではみんな本当に志が高かったと思う。それからは竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一と何となく偶然に総理になったような人が続き、細川護熙、羽田孜、村山富市という非自民から首相が出る。

再び自民党に戻り、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と来てまた野党に移り、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦と来て、それから安部の長期政権。このあたりで一番好きだったのは「なんてったって小泉」だった。この人の軽いノリは今でもいい。橋龍も魅力があったし、小渕は愛すべき人だったし、福田は信用できた。

私が記憶している首相の中では、安倍前首相は一番思考のレベルが低かったと思う。首相として言ってはいけない発言を連発した。そのうえに嘘つきで公私混同。そういうタダのわがままや考えの足りなさを自己肯定し、それを大衆性に変えて巧みに国民に好かれる術を持っていた。そして選挙に勝って長期政権を続け、自民党全体をそして国民の一部を安部流に変えていった。その意味では、大した政治屋ではあった。

昔、退任した佐藤栄作がノーベル平和賞と聞いた時、赤瀬川原平さんは「悪夢かと思った」らしい。今回の安倍「国葬」は、私にとってその感覚に近い。

 

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