川崎賢子著『宝塚』を読みながら
私は「宝塚」のことは今も昔も全く知らない。高校生から大学生の頃に漫画「ベルサイユのばら」=「ベルバラ」が宝塚で上演されて社会現象になったのを、まるで外国の話のように感じていた。正直、何か気持ちが悪かったので、知らないふりをしていた。
一度だけ東京の宝塚劇場で見たことがあった。あるフランス演劇の専門家に誘われて『シラノ・ド・ベルジュラック』を見た。1990年頃だと思うが、とにかくドハデだった印象以外は全く記憶にない。
7、8年前に年に2度、関西学院大学が集中講義をしていたことがあって、その時は宝塚ホテルに泊まっていた。今は宝塚駅そばに移転したようだが、私が泊まっていたのは宝塚南口駅前にあった移転前の古いホテルだった。そこにはロビーに宝塚の歴史をたどる写真パネルがあった。
そのホテルには当然ながら宝塚を見に来たファンが泊まっていた。母娘、友人同士、姉妹などがいたが、朝食のレストランに行くと彼女たちがいたので、私のようなおじさん1人は居心地が悪くて、近くのカフェに行くようになった。
そんなことを思い返したのは、川崎賢子さんの名著『宝塚』を再読したから。これは1998年に『宝塚 消費社会のスペクタクル』として講談社選書メチエから出たものが、昨年末に加筆改稿版『宝塚 変容を続ける「日本モダニズム」』として岩波現代文庫から出たのを読み始めた。
講談社版は当時話題になったので出てすぐ読んだ記憶がある。あの「宝塚」を近代日本の文化現象として読み解く本として、実におもしろく読んだ。宝塚を作った阪急電鉄の創始者、小林一三は映画会社の東宝を作った人でもあるので、その意味でも興味深かった。
20年以上たつとその本もどこに行ったかわからない。中身も全く記憶にない。今回の改稿版を読んでまるで初めて読むような感じで、情けないことにどこが「大量に加筆」(あとがき)されたのかも全くわからなかった。
巻末には岩波現代文庫版エピローグとして「コロナ禍の宝塚歌劇日記」があって、これは加筆部分。2020年2月29日の全公演中止から10月までのコロナ対応が克明に記されていてこれだけでも貴重な資料だ。
中身については後日書きたいが、「プロローグ」の冒頭の文章から驚いた。
「専用の劇場を所有し、団員養成の学校を設置し、座付きの作家・演出家集団を擁し、舞台装置・美術・衣装、照明から作曲家及び専属オーケストラにいたるまで、舞台に必要なあらゆる種類のスタッフを自前でかかえた「劇団」は日本にひとつしかない。それが宝塚歌劇団である」
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