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2022年8月 8日 (月)

「キャンセル・カルチャー」とは

最近、よく聞く言葉に「キャンセル・カルチャー」がある。私は何となく想像して、予約したもの(例えば歯医者のアポ)を平気でキャンセルするような現代の無神経な風潮かと思っていたが、全く違っていた。これは英語から生まれたものだった。

Wikiによれば、「主にソーシャルメディア上で、過去の言動などを理由に人物を追放する、現代における排斥の形態の1つである。典型的には、芸能人や政治家といった著名人を対象に、過去の犯罪や不祥事、不適切な言動とその記録を掘り起こし、大衆に拡散、炎上を誘って社会的地位を失わせる運動や、それを良しとする風潮を指す。2010年代中頃からアメリカ合衆国を中心に全世界に拡大した」

「キャンセル」というのは「過ちを理由に人物を解雇するまでに先鋭化したもの」という。日本での最初の例は、東京オリンピックの開会式の演出を担当していた2人が20年以上前の言動を問われて解雇されたことらしい。

これは本当に嫌な話で、私の知り合いのデザイナーも盗作疑惑をネットに出されて仕事が来なくなったと聞いたことがある。何だかうまくいっている人間を追い込んで解雇に至らせるような、いやな感じがする。たまにニュースへのネットの書き込みなどを見ると、本当に嫌になる。

このブログにも全否定のようなコメントが来る。コメントは私が承認しないと載せない仕組みにしているのであまり嫌なものは載せないけれど、「よく大学教授をやってられますね」という調子はざらにある。確かによく漢字は間違えるし、深く考えずにテキトーな内容も書くのは事実だけれど、誰にも頼まれずに趣味でやっているものに対して、なんでこんなに激烈な攻撃をしてくるのかと思う。ネットは怖い。

話は変わるが、「朝日」の部数が今は400万部強らしい。私がいた20年ほど前は「800万読者」という言葉があったから、ざっと半分になったことになる。これもある種の「キャンセル・カルチャー」かもしれない。自分に、会社に、社会に、政権に、都合の悪いことを書く新聞を「キャンセル」してきた結果のような気がする。

「朝日」の場合は慰安婦報道問題が大きかったと思うが、あれは過去を自ら反省して釈明したところが、そのやり方がヘタ過ぎてみんなに嫌われてしまった。自ら「キャンセル・カルチャー」のもとを作ってしまったように私には思えた。

また話は変わるが、私は最近映画館を2回キャンセルした。一度は日曜に大学で進学相談会があるのを忘れて予約していたもので、昨日は地下鉄が人身事故で20分ほど止まったので間に合わないと諦めた。誰にも迷惑をかけない一人キャンセルおじさんである。

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