蝉の逆襲
最近、駅の階段を昇ると息切れがする。登り終えた後に、しばらく止まって大きく息をする。足腰が弱っているのだろうと心配になって、去年くらいから毎朝、新聞を取りに郵便受けに行く時はあえて階段を使うことにしている。ここ数日、そこに蝉が腹を見せて転がっているのをよく見る。
ある時、あまりに階段の真ん中にいたので、踏まれないようにと新聞を丸めて階段の端の方に寄せようとした。もちろん死んでいると思っていた。新聞が蝉に触れたとたん、体をひっくり返して「みーん、みーん」と泣き出し、私に向かって飛んできた。まさに逆襲だった。
一瞬、まるで大きな蜂が襲ってきたように怖かった。私はとっさに新聞で顔を守ったが、蝉は別に私を狙ったわけではないようでそのまま大空に向けて飛び出し、近くの大きな木に止まった。
すると、朝よく見るお腹をひっくり返して階段にいる蝉は、単に寝ていたのか、あるいは休んでいたのか。そもそも蝉は眠るのか。知らないことだらけである。私の推測は、寿命が来て死のうとしていたが、私の刺激によって蘇ったというもの。でもそれでその後に何メートルも飛べるのだろうか。
蝉は、明らかにアブラゼミだった。九州の田舎の小学生だった頃、蝉は夏休みの「実験」の定番だった。網を持って山に出かけて蝉やクワガタやカブトムシを採集した。そして家の中で段ボールとビニールで箱を作って土を入れて育てた。そして砂糖水は飲むか、塩水はどうか、酒はどうかなどずいぶん残酷な実験をしていた。
最終的にそれらが死ぬと腐らない薬(そんな薬が文具店に売っていた)を注射して、標本にした。クワガタやカブトムシに比べたら、蝉は希少価値がなかった。特にアブラゼミはどこでも見つかるし、茶色で美しくなかった。夏の初めのミンミンゼミや夏の終りのクマゼミは羽が透明だし、数も少なかった。
アブラゼミは夏の初めからおわりまで、どこにでもいた。鳴き声も一番うるさくて人気がなかった。さて考えてみたら、今住んでいるマンションで見るのはアブラゼミだけである。関東地方にはほかの蝉はいないのか、あるいはヒートアップした都心に耐えられるのはアブラゼミだけなのか。
猛暑の夏、ほぼ50年ぶりにアブラゼミに思いをはせる今日この頃である。
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