「異性装の日本史」を見る
渋谷で映画を見たついでに行っておもしろかったのが、渋谷区立松濤美術館で10月30日まで開催の「装いの力 異性装の日本史」展。方向としては、2020年秋に佐倉の国立歴史民俗博物館で開かれた「性差(ジェンダー)の日本史」に近いか。松濤は狭いので、歴博ほどの大きな展示ではないにしても、展覧会名も似ている。
「異性装」とは男性が女性の服を着たり、その逆を指すが、昭和の頃は「ヘンタイ」と呼ばれた。今ではLGBTQが広がってある程度市民権を得ている感じだが、この展覧会は日本では古代からあったということをきちんと見せている。
出だしが古事記や日本書紀だからすごい。ヤマトタケルはクマソ兄弟の宴席に女装で忍び込み、相手が美しい女性と勘違いしているうちに殺したという。昔学んだのかもしれないが、記憶にない。古事記の江戸初期の写本が並んでいる。
あるいは鎌倉時代の絵巻物に出てくる娘には女装した稚児が多いという。稚児は僧侶の愛情の対象だった。江戸時代になると「若衆」という存在があちこちに出てくる。成人前の美男子が振袖などを着た姿はかなり魅力的だ。彼らは「陰間」と呼ばれて男色の対象となった。
「若衆歌舞伎」の浮世絵もすごい。イケメンたちが並び、これはもう完全に危ない世界となる。出雲の阿国は女性だが、男装をした「阿国歌舞伎」の浮世絵もある。こちらもなかなか魅力的で、江戸時代はよかったなと思う。この2つは17世紀末には禁じられて、今の青年男性が女性を演じる歌舞伎が生まれる。
明治時代になると西洋化のなかで「違式詿違条例」ができる。これは寺社への落書き禁止などのマナー条例だが、これに明治6年に加わったのが歌舞伎などを除いて異性装を禁じる項目らしい。これによって異性装や同性愛を精神疾患と見なす西洋近代的な考えが定着していった。
おもしろかったのは「東京日日新聞」の絵入り記事で、7年間も一緒に暮らした妻が実は男だったという話。怒った夫が相手の髪をざんぎりにした絵があったが、はたして7年間も本当に何をしていたのだろうか。セーラー服は実は男性の水兵服で異性装だというのもあった。大正期の前衛芸術家、村山知義のダンスは確かに長髪で女性のような服だ。
戦後は漫画『ベルサイユのばら』もあれば松本俊夫の映画『薔薇の葬列』や寺山修二の芝居『薔薇門』など何でもあるし、現代アートなら森村泰昌やダムタイプもある。おかしかったのは『ひまわり』とか『くいーん』とか怪しい女装雑誌も並んでいたこと。
これはある意味で、「ジェンダーの日本史」展以上に新たな大きな鉱脈が見つかった感じだ。展覧会として見た目におもしろいものがより多い。これはもっと掘り下げて新美か東近美あたりで大きな展覧会を見たい。
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