夏が終わって
ようやく夏が終わった。「夏」というのは、最近の私にとっては最低気温が25度を超す日を指す。つまり寝ていると汗がびっしょりになる、という季節だ。今年はこれが6月から始まったので、おおむね3カ月も続いた。
かつては最低気温が25度を超す日を「真夏日」と呼んだ。7月末からお盆あたりまで半月ほど続くと苦しかった。ところが今は7月、8月は当たり前で6月や9月もそうなった。ようやくこの数日前から最低気温が20度くらいになって、ずいぶん寝やすくなった。
今年の夏は、ひたすら家にいた。大学に移って12年半たつが、こんなことは初めて。ヘタをすると近所の散歩と買物以外は一日中家にいた。だからこんなに自分の部屋の床が汚れたことはなかった。何度掃除しても髪の毛やほこりや紙くずなど小さなゴミが出てくる。
まず何より、今年も海外に行かなかったのが大きい。2020年から去年までは勤務先の大学の指示で海外に行くことはできなかった。しかし今年は可能になった。現に同僚や友人は行ったけれども、私は行く気が起こらなかった。
私の場合は8月末からベネチア国際映画祭に行ってそのレポートを「日経」や「キネマ旬報」に書き、それからパリに数泊して全部で2週間ほどを過ごすのが常だった。今年もそうしようかとも考えたが、どうもその気が起こらなかった。
一つはここに何度も書いたように本を準備していたからだが(第一稿は終わった)、それよりも海外の映画祭に行って毎日新作を数本見る気にどうしてもなれなかったことが大きい。私は長年新聞社にいながら事業部門にいたので、記者はいつも憧れの存在だった。とりわけカンヌなどに行く文化部の記者を「いいなあ」と思っていた。
だから2012年頃か、「日経」から書かないかと言われた時は嬉しかった。コンペを全部見てそれ以外の作品も可能な限り見て、一生懸命書いた。パリの空港で出発を待ちながら書き、自宅に着いて仕上げて送ったこともあった。ところが2年間ベネチアに行かなかったら、なんだか馬鹿らしく感じた。
しょせん自分はジャーナリストではない、という気が強くなった。そう考えていたら、試写会に行く気も失せてきた。人より早く見てもこのブログ以外に書くことはめったにない。もちろん試写に行かないとそのチャンスはさらに減るが、それでいいと思った。そんなわけで家にばかりいる夏となった。
本が一応終わったので、久しぶりにほかの仕事を受けた。一つは朝日新聞デジタル「論座」のゴダール追悼文で、昨日10時のアップだから明日10時までは無料のはずなのでご一読を。それから明日、下高井戸シネマで世界初の女性監督、アリス・ギイのドキュメンタリー映画『映画はアリスから始まった』の上映後トークをやるのでこちらもよろしく。
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